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「……問題ないから」
やっと口を開いた天宮くんの声は、か細く弱々しい。耳を痛いほど壁に当てないと、聞き取れないぐらいであった。
「問題ないというのは理由にはならん。女でも出来たのか? それとも――」
男の声が辺りを憚るように、努めて潜めるように小さくなる。
「隣の男が原因なのか?」
その言葉に僕は驚きのあまり、危うく声を上げそうになったのをすんでの所で堪えた。
何故この男が隣人である僕の話を持ち出すのかと、疑念が湧く。
「隣人が関係あると……何故思うんだ?」
僕の疑問をそのまま口に出した天宮くんは、微かに声を震わせ動揺しているようであった。
本当だったら今すぐにでも屋根裏に行き、あの隙間から癪に障る男の面でも拝んでみたいものだ。だが……時間がかかるうえに回答を聞けない可能性が高い。
僕はジッと我慢して、硬くざらついた壁に耳を当て続ける。
「この下宿の学生が、お前が坂間に連れられて、部屋に入って行く所を見た奴がいてな。人間不信のようなお前が、まさかあの坂間と懇意の仲だったとは驚きだと、彼は言っていた。俺だって不審に思う。坂間は美男子だが、素行が不良だとも聞く。そんな奴とつるんでいるせいなのか、最近のお前は少し変わったように思えてならん」
散々な物言いに、僕は腸が煮えくり返りそうになるのをグッと堪える。
そもそも、誰かに見られていたとは想定外だった。別段、聞き耳を立てられたわけではないはずだ。何が行われているのか分かっているのならば、このいけ好かない男も流石に口を出すのを憚るだろう。それでも此の場所での遊戯は控えた方が良さそうだと、僕は歯噛みする。
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