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天宮くんとの遊戯は、僕を底なし沼に引きずり込むには十分だった。
僕はあの日以降、すっかり天宮くんを手放せずにいる。それどころか構内で天宮くんを見る度に、目で追ってしまう始末であった。
天宮くんは何処か俯き加減で、教本や用紙を胸に抱え廊下を歩いている。誰かと一緒にいる様子もなく、その姿が儚げで憂いに満ちていた。
その純粋そうな顔が、苦痛と享楽に歪む様。艶っぽく肢体を震わせ悶える姿を、僕だけが知っているのかと思うと、腹の底から愉快で堪らない。
僕は抑えきれない衝動に駆られ、何度か天宮くんに声をかけようと試みていた。だが、いつも徒労に終わってしまう。
僕が近付こうものなら天宮くんはこちらを見るやいないや、微かな怯えの混じる表情で唇を固く結び、足早に去っていってしまうからだ。
何故、其処まで僕を避けるのか。僕には、皆目検討もつかない。遊戯の際に聞いてみたところ、僕と一緒にいるところを見られて注目を浴びるのは困るとの回答を得た。だからといって、僕はどうにも納得がいかないでいた。
そんな悶々とした心持ちを抱えたまま、数日の時が流れた或日。
隣の部屋から珍しく話し声が聞こえ、僕は驚いて壁に耳をやった。
「君は最近、僕を避けているようだが……何か訳でもあるのかい?」
聞き慣れない低い声音に、僕は思案する。天宮くんに懇意の仲の相手がいた事が驚きだが、僕はそれ以上に胸に沸々とした憤りを覚えていた。
「黙っていても分からない。君は少々子供のような面があるようだ……何か困っていることでもあるのなら、俺に言ってみてくれ給え」
天宮くんの返答が無いことに、少し苛立っているのだろう。声がさっきよりも大きく荒々しい。まるで保護者のような問いかけに、僕まで腹ただしい心持ちがしていた。
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