恋の花を咲かせましょう

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「ねぇ花井さん」 「んー?」 「花井さんはランタナの花言葉って知ってる?」  顔を上げると、柏原くんは窓の外を見ていた。柔らかそうな茶色い髪が風に吹かれてサラリと揺れる。その視線の先には、さっきまで私も見ていたカップルの二人。 「心変わりっていうんだって。でも、女の子はスイセンノウを咲かせてるね。花言葉は私の愛は不変だっけ? うわぁ、修羅場になりそう」 「……柏原くん、もしかしてあの花が見えてるの?」 「うん、見えてるよ。恋心の花でしょ?」  驚いて固まった私を見ながら、柏原くんは続けた。 「真っ赤なバラを咲かせてるうちの担任は愛妻家だし、ヒマワリを咲かせてる佐藤くんは部活の先輩一筋、オキナグサの花を咲かせてる秋山さんは親友の彼氏が好きみたいだね。みんな花言葉通りの恋心だ」  おお、合ってる。しかも見立ても私と一緒だ。どうやら本当に胸の真ん中に咲いてるあの花が見えているらしい。 「花井さんも見えてるでしょ?」 「……なんでわかったの?」 「それはね、視線かな」 「視線?」 「そう。恋心の花が見える人は他人の胸の辺りを凝視する癖があるから。花井さんもよく見てるよね? だからすぐ分かったよ」  衝撃の事実である。他人の胸の辺りを凝視する癖って……それってかなり変態じゃない? やばい、これから自然に気を付けないと。下手すりゃセクハラで訴えられる。 「この花はほとんどの人には見えないけど、体質的に見える人もいるんだって」 「柏原くん、詳しいんだね」 「うちの家系、遺伝なのか見える人が多くてさ。母さんに色々教えてもらったんだ」 「そうなんだ……。ねぇ、この花はやっぱりその人の恋心を表してるの?」 「そうだよ。相手を想う一番強い気持ちが反映されて咲くんだって。だからね、僕は花井さんのをずっと見てたんだ」 「私の……蕾?」 「うん」 「えっ? わ、私の心に蕾があるの?」 「うん、あるよ。まだ青くて小さな蕾が一つ」  私は動揺した。だって、今まで自分の花なんて見たことがないから。慌てて自分の胸元を見てみるけど、蕾どころか葉の一枚だって育ってない。 「……うそ」 「ほんとだよ。僕はずっと、君が誰を想って、何の花を咲かせるのかやきもきしながら見てたんだから」 「え?」  柏原くんはトン、と自分の胸を叩いた。 「花井さん。僕の花、見えてる?」 「うん」 「何の花が咲いてる?」 「え? えっと、赤いチューリップだけど……」 「そっか、赤いチューリップか」  花の名前を告げると、何故か照れくさそうに頬を染めた。 「あのね、これは他の人の(恋心)は見えるけど、自分の(恋心)は見えないんだって」 「え?」 「だから自分でなんの花が咲いてるのかわからなかったけど……うん。今の僕にぴったりな花だった」  赤いチューリップの花言葉は「愛の告白」。その花は私に向かって真っ直ぐに咲いている。……えっとつまり……あれっ、もしかして……えっ!? 「花井さん。君のその蕾が何の花なのかまだ分からないけど……出来れば僕を想って咲いてくれる花だと嬉しいなぁ」  柏原くんはそう言ってふんわりと笑った。私は真っ赤になった顔を隠すように慌てて下を向き、日誌を凝視する。ここここれって、これってやっぱりそういう事だよね!? 柏原くんは、私のことを──! 「あ」 「えっ!?」 「花井さんの蕾、ちょっと膨らんできてる。僕の勘違いじゃなければ、これはライラックだと思うんだけど……どう?」 「しっ、知らない!!」  私はさらに真っ赤になった。心臓がドキドキとうるさいくらい動いている。私の心に咲く花は、悔しいけど彼の言う通りライラックの花なのだろう。紫色をしたその花は、もうすぐ満開に咲くに違いない。 「花井さん知ってる? ライラックの花言葉はね、〝初恋〟って言うんだよ」  クスリと笑った柏原くんは、私の耳元で囁くようにそう言った。 《了》
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