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 それから、それまでと代わり映えのない生活が続いた。  花の魔女は、やはり魔法を使わず、花を育て、花茶を作り、薬を調合するばかりで、弟子はそれを手伝うばかりだった。  ある日の昼過ぎ。花の魔女の寝室で、弟子が1つのつぼみを見つけた。  あと一日か二日できっと花ひらく、大きくて丸いつぼみ。  ふと思い立った弟子が目に力を込め、つぼみをじっと見つめる。  弟子の視線を受け、つぼみは――ピクリとも動かない。 「やっぱり無理か」 「あせりは禁物ですよ」  呟く弟子の肩を、花の魔女がぽんと叩く。 「いつ咲くかと待ち遠しく思うからこそ、咲くまでは楽しく、咲いたときは嬉しいのです」  振り返った弟子へ語り聞かせながら、花の魔女が(いと)おしむようにつぼみを撫でた。  その隣では、今にも落ちてしまいそうな萎れた花が咲いている。 「先生は、花が枯れたら悲しくありませんか? 元に戻したいと思いませんか?」 「もちろん悲しいですよ。でも、悲しいからこそ、大切にしようと思うのです。それに」  花の魔女が、萎れた花を(いつく)しむように撫で、 「ずっと咲いたままの花って、なんだか――かわいそうな感じがしませんか?」  その声は、その姿は、これまで弟子が見聞きした中で一番――寂しげで悲しげだった。 「すみません。よくわかりません」 「いつかきっとわかります。なんといっても私の弟子ですから」  花を撫でたのと同じ手つきで、花の魔女が弟子の頭をそっと撫でた。  「さて、お茶にしましょうか。今回の花茶は自信作ですよ」 「それは楽しみです。用意しますね」  花のように笑って答え、弟子がキッチンへと駆けて行く。  1人残された花の魔女が、つぼみと萎れた花を見る。 「待っています。またいつか」  それぞれの花へ言葉を送ってから、花の魔女は部屋を後にした。
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