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 その魔女は、国に5人しかいない最高位の魔女で、花をこよなく愛することで知られていた。  家の中はそこかしこに花瓶と鉢が並び、家の外壁は緑の(つた)と大小の花々に覆われ、家の庭は名もなき草と色とりどりの花であふれていた。  自身も帽子や服や装飾品に、様々な花を咲かせていた。  その魔女を、周辺に住まう人々や国中の魔女たちは、敬意と畏怖(いふ)を込めて――花の魔女と呼んでいた。  その子は、花の魔女に弟子入りした。  魔女といっても、絵本に出てくる魔女のように(しわ)くちゃでもなく、鼻が高いわけでもなく、背も低くなければ、イッヒッヒと高笑いもしない。  とても若々しく、誰もが見惚(みと)れるほど美しく、背丈は高く背筋は伸び、笑みは優しく穏やかだった。  花の魔女を、弟子は敬意を込めて――先生と呼んでいた。  弟子入りして1ヶ月。早くも弟子は不満を抱いていた。ただの一度も魔法を見ることなく、教わることもなかったからだ。  花の魔女は、花の育つ(さま)を眺め、花が咲く様を愛で、花が枯れる様を悲しみ、また花を育てて暮らしていた。  魔法は使わず、ハサミとジョウロで、花を育てて暮らしていた。   花の魔女は、花びらや花の蜜で特製の花茶(はなちゃ)を作り、花の秘薬を調合して暮らしていた。  魔法は使わず、乳鉢(にゅうばち)乳棒(にゅうぼう)で、茶を作り薬を調合して暮らしていた。  どこかへ行くときは、(ほうき)を使って飛んだりせず、自分の足で歩いた。  誰かが求めれば、格安で茶を売った。誰かが病めば、格安で薬を売った。  魔法も使わず教えもしない魔女。弟子が不満を覚えるのは当然だった。  ある日、思い切って弟子が聞いた。 「なぜ魔法を使わないんですか?」  穏やかな声で花の魔女は答えた。 「魔法はむやみやたらに使うべきではないのです」  眉間に皺を寄せる弟子へ、花の魔女は、「いずれあなたにもわかります」と付け加えた。
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