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電車はゆっくりと駅に止まった。扉がブザー音と共に開き、ひんやりとした空気が車内に流れ込んでくる。
そこへ、ひとりの乗客があった。若い女子で、白いキャップに胸元に大きなが刺繍がしてあるスカジャンを着て、背中にはギターケースを担いでいた。
「げっ」
「お」
ふと見ていると視線が合って、お互いに声をあげた。
「俊也やん」
「いやパパって言えや、依瑠」
「は? イヤやし」
乗客は俊也と呼ばれた男の、娘だった。
依瑠は出来るだけ俊也と離れるように、車両の端の俊也の座席とは反対側の隅のシートに座った。
俊也は娘の前では厳格でありたいので、それとなく居ずまいを正してきっちりと座り、ネクタイを締め直した。
「なんでここに居んねん」
俊也は誤魔化しの意味も込めて、座るなりスマホを出してワイヤレスのイヤホンを掛けて、俊也の存在を無視する依瑠に問うた。
声は発車し始めた電車の音とイヤホンに遮られ、届かない。
「おい、依瑠」
もう少し大きな声で呼ぶ。
「おい、依瑠!」
「うるさいな。他の人の迷惑やろ!!」
依瑠はイヤホンを外して怒鳴った。俊也は誰もこの車両に居ないことを確認して大声で言った。この手は俊也が娘が小さい頃からよく使う手であった。
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