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第7話 招かざる客
宮ノ入からこの家の管理と家政婦を任されているという木間衣早子さんという気のいい年配の家政婦さんが来た。
「会長には困っているところを助けていただいた恩があります。なんなりとお申し付け下さい」
「ご丁寧にありがとうございます」
私が奥様らしく、挨拶すると、直真さんは笑顔を浮かべて言った。
「衣早子さん。これから、なにかとご迷惑を掛けるかもしれませんが、妻共々、よろしくお願いします。祖父から衣早子さんのことは真面目で仕事熱心な方だとお聞きしてます」
衣早子さん!?
「ま、まあ!それほどでも」
衣早子さんは直真さんの笑顔と言葉にすっかり騙され、『なんてかんじのいい』『さすが宮ノ入の方だわ』とかなんとか、言っている。
はー、相変わらずの詐欺師ぶりに舌を巻くわ。
さっそく衣早子さんは張り切って、朝食を作り、お弁当を用意してくれた。
さすが、プロだけあって短時間で完璧な食事を作ってくれた。
「奥様。お食事がご不要な時はご連絡ください」
「はい」
携帯番号とメールアドレスを渡された。
なんてしっかりした家政婦さんだろうと感心している間も働いている。
宮ノ入会長のおじいちゃんがその仕事ぶりを認めただけあって、朝早くにも関わらず、衣早子さんはてきぱきとキッチンで忙しなく動いていた。
「行くぞ。有里」
「はーい」
私の顔がのんきに見えたのか、直真さんが玄関を出て、しっかりドアを閉めてから言った。
「いいか。俺の立場は本社からきた監視役だと思われているからな。あまりいい顔はされない。その辺を理解しておけよ」
歓迎されてませんよってことね。
わかっていたけど。
だいたい魔王みたいな直真さんが来て喜ぶのは女子社員だけだし、今さら、改めて説明しなくてもいいのにと思いながら、うなずいた。
直真さんが運転するベンツに乗った。
新しい会社の運転手を使わないあたり、警戒心はいつもより高めかもしれない。
「帰りはタクシーを使えよ」
「定時に帰してくれるんですか?」
「なるべくな。本来なら、働かずに奥様しているだけの立場だからな」
奥様ねぇ。
仕事をしているおかげで、あの宮ノ入の奥様達と関わらずに済んでいるんだけどね。
「定時に帰してくれるなら、二人だけなんだし、家政婦さんまでいらなかったんじゃないですか?」
「駄目だ。人を遣うことに少しは慣れておかないと、それらしく振る舞えないからな」
俳優みたいなセリフだったけど、直真さん自身の経験がそう言わせているんだろうなということは察することができた。
「わかりました」
余計なことは言わずに素直に返事をした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ここが新しい職場ですか」
「そうだ」
宮ノ入グループ子会社の瀧平工業は特許を多く取得しており、国内外に工場を展開している。
敷地は広く、本社の事務的な機能を持つエリアと工場エリアに区分けされ、ツナギを着ている人もいて、宮ノ入本社とは雰囲気がずいぶん違う。
やっぱ、ラスボス感でいくと宮ノ入の本社の方が上だなー。
明るく広いエントランスに入ると、スーツを着たおじさん達が出迎えてくれた。
「八木沢専務!瀧平工業へようこそおいでくださいました」
「いやあ、まさか親会社の常務だった方がこられるとは思わず、驚きましたよ」
おじさん達を見ると、全員が役員バッチを付けている。
「瀧平社長まで、わざわざお出迎え頂かなくても。宮ノ入では常務でしたが、ここでは専務です。気軽に接して頂けますか?」
キラキラとした爽やかオーラを振り撒く直真さんにおじさん達はタジタジになっていた。
その反面、ちょうど出勤してきた女子社員達は足を止め、直真さんを見てざわついていた。
これが既視感か。
ずずいっと前に出て、はっきり言ってやった。
「妻の八木沢有里です。夫の秘書として働かせて頂きます。よろしくおねがいします!!」
直真さんに腕を絡めてアピールまでした。
あからさまに女子社員のがっかりした顔が目に入った。
あー、危なかった。
最初が肝心よ。
先制攻撃を仕掛けておかないと、入れ食い状態でガンガンくるから。
ほんっと、この顔と優しげな口調に騙されて集まってくるから困る。
私はむしろ、被害者を出さないように守っていると言ってもいい。
やれやれと思っていると―――
「直真お兄様ー!お久しぶりです。私のこと覚えてますか?」
ドンッと体が弾き飛ばされた。
な、な、なに!?
「瀧平姫愛です」
リアル姫ちゃん!?ってそうじゃない。
私が妻だって、しっかり聴こえてましたよね―――!?
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