4195人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ
第1話 結婚生活
一日の仕事が終わった―――私は機嫌がいい。
なぜなら、私の旦那様であり、上司の直真さんが今日は残業で遅くなる。
そして夕飯はいらない―――となると、やるしかない。
このチャンス、逃してなるものか!
皆の衆(一人だけど)!祭じゃ!祭!
いつもなら、ピザ、ポテチ、ハーゲンダッツ、コーラの四天王で行くところだけど。
それじゃ芸がない。
新たな四天王よ、来たれ!
ハンバーガー、フライドポテト、フライドチキン、コーラの四天王達よ。
コーラは不動の地位に君臨している(私の中では)。
テイクアウトした袋を大切に抱え、マンションに入ると、マダムっぽい奥様達やスーツをきちんと着こなした品のいいおじ様達と鉢合わせした。
広いエントランスに警備員、コンシェルジュが常時いて、出入りする人達の身なりからもわかるようにここは超高級マンション。
しかも、天下の宮ノ入グループの親戚や関係者が住む社宅同然のマンションで贅沢な暮らしに慣れたお金持ちな人々が住んでいる。
私の旦那様である八木沢直真さんが宮ノ入グループの常務と社長秘書を兼務しているおかげで表向きは冷たくされることもなく、態度も悪くない。
いろいろ事情はあるんだけど、それ以前に常務夫人である私がバーガーショップの袋をがさがさしながら、入るわけにはいかない―――けど、もう遅い。
バッチリ見られてしまった。
「八木沢常務の奥様じゃありませんこと?もしかして、その手にあるのは今日の夕食かしら?」
もう隠し立ては無用。
正々堂々、うなずいた。
というより、正々堂々するしかないともいう。
「もしかして、有名店のデリカですの?わたくしの宅でも頂くことがありますのよ」
「ええ、まあ。有名店でテイクアウトを少々」
世界規模の有名チェーン店だから、嘘ではない。
「まあ、やっぱり」
「(フライドポテトが)冷めるので失礼しますね」
冷えたフライドポテトほど、悲しいものはない。
ささっとエレベーターに乗り、ドアが閉まるまで笑顔をキープした。
はー、疲れる。
私は商店街の酒屋生まれの酒屋育ちにして、元ヤン。
そんな私が今や常務夫人。
人生ってわからないものよね。
そして、私には真の姿が別にある―――真剣な顔で玄関のドアを開け、駆け込むと軽やかにノートパソコンのスイッチをONにした。
「よしよし。時間はまだ大丈夫ね!」
おしゃれな時計を見た。
あんな時計は見にくいからやめてほしい。
スマホを見る。
こっちの世界の時間とそして、ネトゲ世界の時間が表示されている。
頭の中で計算する。
前回、倒した時間から、敵が再出現する時間をね。
ふむ。
まだ敵はでない。
そう私はゲーム大好き女子!
ゲームはジャンルに拘らず、好きだけど、中でもネットゲームにハマってる。
非行の道にいた私に弟がネトゲを与えたのが後の祭―――じゃない。
救いとなり、私は足を洗ってネトゲに没頭した。
今ではメインキャラ(廃装備)は当然ながら、セカンドキャラを育てる日々よ。
さあ!今日も楽しくパーティに出掛けるわよ!
おっと、その前にテリヤキバーガーを食べよう。
スーツを脱ぎ、楽なホームウェアに着替えると、ヘアバンドを装備した。
真剣勝負の戦いには前髪すら邪魔よ。
気合いが違う。
「オークションに出したアイテムは売り切った!」
―――狙いどおり。
後からまたアイテム集めてこよ。
テリヤキバーガーをもぐもぐと食べながら、ふかふかの大きなクッションに転がった。
うむ。テリヤキバーガーの甘辛味は間違いない美味しさよね。
ポテトを口に放り込み、ギルドメンバーにチャットを入れて挨拶をした。
これぞ、我が楽園。
ぐるりと部屋を見回した。
広い部屋にはおしゃれでカウンターバーまであって、大きな窓からは方角によっては海が見えたり、ビル群を見下ろせたりする。
宮ノ入グループ所有の高級マンション最上階に住んでいるけど、実家にいた頃となんら変わりない生活を送っていた。
いや、変わりはあった。
大型液晶テレビの横に『ゲームは二時間まで!』と貼り出されている。
あんなもの実家にはなかった。
「あ、伊吹がいる」
画面を見ると弟のキャラが手を振っていた。
弟である伊吹とは同じギルドに所属している。
『弟よ。久しぶり』
『昨日の夕方に会っただろ。現実世界で』
『バカか!のれよ!#ここ__ネトゲ__#でって意味だよ』
『バカはお前だよ。旦那を放置でいいのか?ネトゲしている場合か。自分磨きをしろよ。セレブが!』
なんだよ。
正論語ってくるなよ、弟よ。
伊吹とはチャットで話している。
スカイプでもいいけど、チャットのほうが世界観を守れて好きな派なんだよね。
「セレブかー」
ゴロゴロと床に転がった。
確かにそうなんだけどねー。
なんか、まだ実感ないなあ。
こんな生活を送るようになるなんて、思っても見なかった。
直真さんと結婚したけど、仕事は続けているし。
敵には悪魔みたいに容赦のない直真さんを監視するためにね。
言わば、世界平和を守ってるようなものだ。
「フライドチキン、久しぶりだなー」
この油っぽさが最高!
マンションには多様なサービスが付属していて、ケータリングもデリバリーも充実してるけど、私が大好きな中華料理屋のギョーザやラーメンはない。
中華を頼むと高級中華料理が届く。
違う。そうじゃないんだ。
「快適は快適なんだけどね」
そもそも、奥様ってガラじゃないんだよ!
まあ、これはたいした悩みじゃない。
むしろありがたい話よ。
何不自由なく暮らせているんだからね。
こんな暮らしがずっと続くんだろうなーなんて、甘いことを考えていた。
―――まだこの時は。
最初のコメントを投稿しよう!