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第8話 社長の娘
「直真お兄様がいらっしゃるってお父様に聞いて、今日から私も働かせてもらうことにしたんです」
なんだ?なんだ!?
明らかに直真さん狙い。
隣に私がいたのにがっつり無視っ!?
直真さんは突き飛ばされた体を支えてくれていたけど、笑顔はキープしていた。
さすが長年、演技力を培ってきただけある。
私の方はすでに顔がひきつっているというのに。
「瀧平社長の娘の姫愛さんでしたよね?」
「覚えててくれたんですか?嬉しい!
見るからにお嬢様な姫ちゃん―――姫愛ちゃんはブランドのパステルカラーのスーツにピンクのネイルをして、可愛い顔をしている。
胸もあるし。
「直真お兄様。私が社内を案内しますね?」
姫愛ちゃんはさっと腕を組んだ。
よく見ると、わざとなのか、胸を直真さんの腕にくっつけている。
なんて女だよ!?
ネトゲでも、ここまでやる姫ちゃんは―――まあ、いるかもしれないけど。
いやいや!そうじゃない。
「姫愛さん。これから、妻と勉強のために各所を回りますから、今日の所は失礼します」
そう言いながら、直真さんはスッとうまく腕を抜いた。
『なんだ、コイツ、慣れている!』と、この場の誰もが思っていた。
これだから、モテる男は。
「それじゃあ、有里。行こうか」
「あ、はい」
私の手をとると、直真さんはにこやかな笑みを浮かべたまま、エレベーターに乗った。
ぱたんとドアが閉まると同時に顔つきが険しいものに変わった。
おいおい!?さっきまでの紳士はどこ行ったよ!?
「あれが社長の娘だ」
一気に声のトーンが落ちた。
「元気な子でしたねー」
「他に言うことは?」
「特にないです」
沈黙―――直真さんをチラッと見ると目が合った。
「まあ、いい」
機嫌が悪くなったのかな?と思いながら、エレベーターを降りて、専務が使うと役員室に入ると、私が入る前に手で制した。
なに?
爆弾でもあるの?
直真さんは机の下から、小さな機器を一つ、観葉植物の鉢の中から一つ、コンセントの差し込み口を開けて一つ取り出した。
それをおもむろに床に捨てると、足で一つだけ、見せしめのようにグシャッと踏み潰し、後は機能しないようにスイッチを切った。
「盗聴器を仕掛けやがった」
―――なぜわかった?
それを見破る方もどうなんだよって話なんですが。
軽く引き気味に眺めていると、『入っていいぞ』というように手招きした。
「有里。自分が盗聴器を仕掛けるつもりで動いてみろ」
「はあ」
部屋をぐるりと見回して、絵の裏や引き出しの裏、ライトの中など、順番に触れていく。
「こんなかんじです」
「そうか。なら、もうないな」
「なんだったんですか?」
「素人が盗聴器を仕掛けるなら、どこを選ぶか見ていた」
なにその、プロ発言。
「誰が仕掛けたんですか?」
瀧平社長?なんて、私は安易なことを考えていたけど、直真さんは違っていた。
「まだなんとも言えない」
どれたけ敵がいるんだよっ!
「それじゃ、社内を見回るぞ」
「はーい」
はー、初日からこれじゃ、先が思いやられるわ。
リアル三国志もいいとこだよ。
なんて殺伐した職場だよ。
「有里」
「はい?」
直真さんは腕を差し出した。
「ちゃんと掴んでろよ。俺の妻なんだろ?」
悪い顔をして笑っていた。
ほんっと、この人は悪魔みたいな人だよっ!
私の面白くないなって、気持ちをわかっていて、言っているから―――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「直真お兄様ー!」
廊下の向こうから、駆け寄ってきたかと思うと、『あっ!』なんて、言いながらつまずくフリをした。
それを私は見逃さず、直真さんに近寄る前に手で素早くガードした。
ふっ!見切りが発動したわ。
その程度の攻撃、私が見破れないとでも?
甘い、甘いんだよ!
「ご一緒していいですか?」
上目遣いで直真さんに言うと、こっちの返事も待たずに案内を始めた。
「工場長を紹介しますね!」
「どなたなのか、把握していますから大丈夫ですよ」
やんわりと直真さんが断ったのを姫愛ちゃんは無視してさっさと前を歩く。
強っ!
うわあ。これは強敵そうだなー。
「工場長ー!」
可愛らしい声に男の人達が集まってきた。
「姫愛お嬢さん!」
「今日から私も働くの。みんな、よろしくね!」
嬉しそうな顔でツナギを着た人達は頷いていた。
「こちらが親会社からきた直真お兄様―――八木沢専務よ」
急に皆の態度が冷たくなった気がした。
「そうですか。よろしく」
もしかして、歓迎されてない?
ギルドに入ってくんなよ的なオーラを感じた。
新参者め!というよりは、身内意識が高いギルドみたいで、外からの人間に打ち解ける様子はない。
皆の冷たい態度に気付いているはずなのに直真さんはまったく動じず、微笑みを崩さなかった。
気になったのは―――姫愛ちゃんが私を完全無視だったということ。
行く先々で直真さんは紹介しても私はいないかのように無視で目も合わせない。
社員の人達も私のことは気にせず、社長の娘がきたとばかりに喜んで挨拶していた。
「姫愛お嬢さん」
と、ちやほやされているのを私と直真さんに見せていた。
これが噂の姫ちゃんか。
現実世界で体験するなんて、貴重すぎる。
「直真お兄様、一緒に社食に行きましょう」
それを聞いて私は秘書らしく、キリッと居ずまいをただし、前に出ると姫愛ちゃんに言った。
「申し訳ありません。専務にはお弁当を用意してありますので」
「直真お兄様。私も明日からお弁当にします」
姫愛ちゃんがあからさまにぷいっと私から顔を背けると、しょんぼりしてみせ、きゅっと直真さんのスーツの裾をにぎった。
で、できる!!
直真さんは柔らかな笑みを浮かべ、その手をそっと離させる仕草も手慣れていて、それはそれで、なんとも言えない気分になったけど。
姫愛ちゃんに嫉妬より、『そういう技をどこで学ぶの?』って気分にさせられた。
どこで私は学び忘れてきたんだろう。
自分の歴史を振り返ってみても、ほとんどが世間では『黒歴史』と呼ばれる時代で思い出すのをやめた。
そうだ!私は前を向いて生きよう。
過去は振り返らないんだ!
私がうんうんと一人頷いていると隣の直真さんが『こいつ、またおかしいこと考えているんじゃないだろうな?』みたいな目で見て、なぜか顔を手で隠された。
ちょっと!?
「姫愛さんと食事したい方は大勢いますからね。その方達とどうぞ」
「私は直真お兄様がいいんですっ」
「ありがとうございます。そういえば、社長が探していましたよ」
「お父様が?そう。直真さん、また後でお話しましょうね」
残念そうに姫愛ちゃんは去っていった。
まるで嵐みたいな子だな……。
まだ仕事らしい仕事をしていないのに疲労感が半端なかった―――
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