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ふと、隣を見たら佐倉は笑っていた。目に溢れんばかりの涙を浮かべて、蕾を懐かしそうに眺めていた。
佐倉につられて僕の視界が歪んできた。僕は佐倉に気づかれないように静かに泣いた。
僕の隣で、桜は満開を迎えていた。
「じゃあ、帰るね」
急に彼女が振り向いて、口角をくいっと上げたものだから、僕は慌てて瞬きをして涙を落とす。すると、彼女の髪に燃えるような紅色をした花弁がついていた。
「ついてる」と言って僕は花弁をそっとつかんだ。それは梅の花弁だった。まだ三月の初め、梅が見ごろの時期だった。
「ありがとう」
「ううん。気を付けて」
そう言って僕は笑って見せた。出会ったころと同じように笑っていたかった。
佐倉は踵を返して駅へと向かった。夕日に照らされて輝く彼女の後ろ姿をじっと見つめた。僕たちはかっこつけで、本当の想いを結局言えずじまいだった。でもそれでいいんだ。今日は思い出の巻き戻し。幸せで当然だ。だって、幸せだったんだから。
僕は手のひらの梅を見下ろした。オレンジ色の光が射して一瞬薄紅色に見えた。しかし、すぐに花弁は本来の濃度に戻っていく。きっと佐倉に絆されたせいだ。僕は花弁を優しく指で包んだ。手中の花弁は少しだけ濡れていた。
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