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 ビルの谷間を息を切らして駆けていく。  どうして追われているのか青年にはわかっていない。  ただ、容赦の無い銃撃と乱れの無い足音は、自分を殺すつもりなのだと直感させるには十分だ。 「くそっ…どうして僕がこんな目に…」  悪態を吐きながら射線を切るために細い路地を曲がる。酷い緊張のなか走り通しで今にも肺が潰れそうだ。そこの物陰で、いや、やっぱりもう一本角を曲がったら一息つこう。  足を止めて休みたい気持ちと死の恐怖で板挟みになりながら転がり込むように角を曲がって壁に背を預ける。  早く呼吸を整えて立ち上がらなくては。家までたどり着けば、それは贅沢でもせめて人目につくところまで出られればいきなり撃たれたりはしないだろう。あと少し。  しかし運命は無慈悲だ。 「こっちだっ!」  さほど遠くないところで声が聞こえ、複数の足音が小走りに近付いて来る。もう一刻の猶予も無い。今すぐ立ち上がるんだ。 「おい、そこの若いの」  突然話しかけられて心臓が跳ね上がる。青年が恐る恐る顔を上げるといつの間にかすぐそばのドアが開き、さきほどまで追ってきていた黒服たちとは明らかに雰囲気の違う男が覗いていた。 「なんだそのツラ。具合でも悪いのか?」  あまり関心のなさそうな顔でしかし一応心配の声を掛けて来たのは、くたびれた革ジャンに革手袋、(くわ)え煙草の中年男だ。あまり手入れのされていないウェーブの掛かった髪を後ろで雑に結わえ、無精髭の目立つ全体的にだらしないというか胡散臭い風貌をしている。 「た、助けてくれ!殺される!」  男は青年を見下ろし、近付く足音を聞き、ひとつ舌打ちすると「入れ」と短く言って顔を引っ込めた。青年は後を追って這うようにドアの中に滑り込んで閉める。  息を殺して外の気配を伺っていると、追手はそのままドアの前を通り過ぎていったようだった。青年が大きく息を吐いて振り返る。 「助かったよ、ありがとう」  九死に一生を得るとはこのことだろう。しかし助けた男の表情は複雑だ。 「くそ…面倒を引き入れちまったな。今すぐ叩き出してやりてえところだが…さて」  男の言葉に青年が顔を引き攣らせる。 「や、やめてくれ。僕は命を狙われてるんだぞ。あんた良心は痛まないのか!」
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