22人が本棚に入れています
本棚に追加
悲痛な叫びに微塵も動じた様子はなく、男はただ吸い殻になった煙草を灰皿に押し込んで次の煙草に火を付ける。
「良心ってのはな、入荷未定でいつでも品薄なのが難点だが、売れりゃまあまあ金になるのさ。例えばお前をあいつらに愛想良く引き渡したりとかな」
「おいおい、冗談だろ?なあ…」
男は疲れ気味の顔でにたりと笑う。
「会って五分の名前も知らん若造ひとり見殺しにするだけで小遣いが手に入る。自由業の俺にゃ、ありがたい話だねえ」
その風貌をみても、出会った場所が廃ビルばかりのこの地区であることを考えても、確かに金回りの良い相手とは思えなかった。荒んだ生活をしていれば見ず知らずの他人がどうなろうと気にならなくなるのかもしれない。
絶望しかけた青年だが男の言葉を思い返してふと気が付く。金でいいならなんとかなるんじゃないか?
「わ、わかった。じゃあその商品をあいつらじゃなくて僕に売ってくれないか。高く買うからさ」
その言葉に男の表情が待ってましたとばかりに変わる。最初からそのつもりだったのだろう。
「なるほどちったぁ賢いようだな。だが今持ち合わせがあるのか?」
「名刺を担保に出来ないかな。父さんのぶんもある」
山瀬不動産社長、そして部長の肩書がそれぞれ書かれている。個人経営ながらこの街ではそこそこ手広くやっている業者で金回りは良いはずだ。
男は手渡された名刺をチェックすると無造作にポケットにねじ込んだ。
「いいだろう。さっきの黒服どもには捕まらんように案内してやるよ」
青年の表情がぱっと明るくなった。
「ありがとう!恩に着るよ礼は必ずする!父さんが渋っても僕の権限でなんとかしてみせる!本当にありがとう!!」
「でけえ声出すんじゃねえ、まだ表に居るかも知れねえだろうが」
男からの苦言に引き攣るような小さな悲鳴を上げて声を落とす青年。
「わ、わかった。ところでその…トイレを借りられないかな。安心したら催してきて」
「仕方ねえやつだな。そこの奥の突き当りだ。早くしろよ」
最初のコメントを投稿しよう!