桜のバス停

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【一】  大学には、市営バスで通っている。  キャンパスは緑が生い茂る森の中にあり、晴れた日は木漏れ日が星屑のようにさらさらと降る。その光を浴びながら、憧れだった大学の学生になれた喜びをかみしめ、さわやかな風の中を歩くのである。  キャンパスに着く二つほど前に、「桜文(さくらもん)」という名のバス停がある。  四月中旬、初めてバスで入学前テストを受けに大学に向かい、「次は、桜文でございます」というアナウンスを聞いたとき、「なんだか場違いにかわいらしい名前だな」と思ったのだ。  大学に向かうバスが通るのは、ぽつりぽつりと家が建つだけの長い山道だ。「桜文」と名がついたバス停の前も、味気ない、どちらかというと暗い雰囲気の森だった。  近くには廃墟と化した観光施設があって何とも言えず不気味であるし(しっかりとおばけが出るらしい)、その名が刻まれた木の看板も、なんとも言えず寂しげである。  バス停にも名前負けってあるんだな、と思い、一人で勝手におかしくなって笑った。プラスチックの表面に鉛筆で書いた線のような頼りない笑いだった。  このとき、心の中は不安でいっぱいだったのだ。
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