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12、 ヴァージル 4
突然、膨大な量の禍々しい魔力が魔城を包み込んだ。
城内の殆どの魔族達が動けないでいる中を進み、コウが眠っている部屋に駆け付けてみれば……。
「ふわぁ~。よっ! おはよ~すわぁん…」
欠伸交じりに挨拶をされた。ドアを開けたまま立ちすくんでいるワシを、コウが不思議そうに見てくる。その光景があまりにもいつも通りであっけなく、なんとも言えない気分で掛ける言葉を失ってしまっていた。
無言でベッドに近付くワシを、コウがやはり不思議そうに見ながらも、更に大きく欠伸をしながら体を伸ばした。ベッドの横に立ち、欠伸で潤んだ瞳を覗き込む。
あれ程感じた禍禍しい魔力の圧はなりを潜め、そこにあるのは穏やかな魔力だけだった。そして……。
ワシを見るコウの瞳は漆黒であった。知らず安堵の息が漏れていく。
「んー? どったの? ……ってか、今何時? めっちゃ、寝た気がするんだけど~? ……ふぁ……。腹減ったし……」
腹を乱暴にガリガリとかきながら、コウが首を傾げ聞いてくる。
その顔があまりにも無防備で、まさかとは思いながらも正確に伝える事にした。
「五十五年だ」
「なにが?」
「コウ様が眠っていた年月だ」
「…ん?」
「再生するのに五十年。……一度目を覚まし、再び眠って五年だな」
「…………んん?」
「五十五年眠っておったのだ。……寝る前の事は覚えておるか?」
腹をかいてた手を止め、反対の手を顎に当てながらしばし考えてたコウは、なにかを思いついたのか、ニヤリと笑うとワシを見た。そして、自信満々に微笑みこう答える。
「……じーさんとセックスしてた。結構、濃厚なヤツを……だろ?」
「…………」
何故か片目を瞑り、親指を突き出した仕草をする。
自信ありげに答えられたが、なにも言えずに黙っていると、コウが瞑っていた目をゆっくりと開けた。暫く無言で見つめ合っていたが、やがて少し顔を傾けたコウがワシの顔を窺うように見上げてくる。
「え~と。し、シてたよなっ? なっ? え~? んんんー? ……夢か?」
「……いや。確かにシてはおったが……。ワシが聞きたいのは、その後の事だ」
「シた後? ……ん? 俺ら、なんかラブトークでもしてたっけ?」
「…………」
「くはっ! ないか。やっぱ」
コウがにっこり笑ってワシを見上げた。それに無言で頷き、もう一度その漆黒の瞳に意識を向ける。そこには戸惑いも嘘もあるようには見えなかった。
(魔力も澄んでいて、なんの揺らぎもない。今までとは違い、難なく魔力を回しているようだ。やはり……眠る前のあの魔力の圧は、コウのものだったのか)
「やはり、覚えてないのだな?」
「……みたい、だな。俺、なんかあったん?」
「酷い怪我をしていた。……再生せねばならぬ程にな。本当に覚えてないのか? 何か少しでも思い出せぬか?」
「う~ん。なんでそんな怪我したのか覚えてないわ~。全然思い出せねぇし」
「……そうか」
『永きを生きる為に、定期的に『辛い』事などを『忘れる』ように血に記憶させている』
ーー確か、ラクドルはそう言っておった。
(『血の力』が作用しているからだろうか。あれ程までの、肉体的損傷さえ忘れてしまうとは……)
そして、『忘れる』という事は、コウにとって肉体の損傷を含め、そこに至るまでの過程全てが『辛い』事だったという事だ。
血が忘れさせる程の『辛い』事とは一体……。
『…大切な、事を…忘れていくって…。それって…『地獄』と…変わら、ないんじゃ、ないかな…?』
腕の中で、震えるように小さく呟いたコウを思い出す。あの時のコウも、今、目の前にいるコウも同じコウであるのに……。
ーー『忘れる事を恐れていた』あのコウはどこに行ったというのか……。
「……ごめんな」
そっと吐き出すようにコウが言葉を出した。思考に沈んでいたワシが視線を向けると、少し困ったように眉を下げてワシを見上げてくる。
漆黒の瞳が一瞬、揺れたようにも見えた。
「なにを謝る?」
「いや……ほら、なんつーの? 俺は覚えてねぇから平気なんだけどさ? なんか……めっちゃ心配かけたみたいだし~?」
「……ふっ」
「な、なによ?」
「…いや。すっかり元通りなようだからな。安心した」
「そ、そう? ならいいんだけどさ~」
あからさまにホッとするコウに、頬が緩む。
(覚えていないのに、ワシのような者の気持ちを慮るとは…。らしいというべきか…)
ワシを見上げるコウの頬にそっと触れる。
温かく、血の通う様が感じられた。軽く魔力を流し体中を調べると、コウが少しだけ身動ぎして小さく笑った。
「大丈夫だし」
「そのようだが……」
「確かめてみる?」
「……そうだな」
コウが頬に触れていたワシの手を取り、ゆるく引っ張ってくる。そのまま逆らわずにベッドに乗り上げながら、コウを軽く押せば素直に横になった。
コウを跨ぐように見下ろしながら、服を脱がせていく。コウは、そんなワシにされるがまま黙って見ていた。
服の全てを脱がせ、青白い肌に触れる。少しひんやりとしているが、相変わらずのきめ細やかで滑らかな肌だった。
そっと胸に触れると、ぴくりとコウの体が反応した。
魔力をゆっくり流し込む。
「…確かに、魔力は綺麗に回ってるようだな」
「うん」
「……なにか、体に違和感はあるか?」
「ないよ、全然。なんていうか、めっちゃ開放感があるくらい? かな?」
「開放感?」
コウを見ると、気持ちよさそうに目を細めワシの指先を見ていた。ワシが流す魔力に、ゆっくコウの魔力が寄り添ってくる。
その温かい魔力に引かれるように、ワシの体温が上がったような気がした。
「……なんだか、霧が晴れた、っていうの? 今までにないくらい、全てにおいて色んな事がはっきりしてんだわ~、これが」
「………」
体の隅々まで魔力を回していると、コウが上半身を起こし、ワシの首に手を回してくる。顔が近付き、温かな息がかかった。
「今なら、上手く魔力を回せそうだし。いつもはじーさんにやられっぱなしだけどさ、今回は……俺がじーさんを気持ちよくしてやれると思うんだよね……多分」
そう言ってコウが悠然と笑うと、ひんやりとした唇をワシの唇に押し付けてきた。
暫く、啄むように何度か押し付けて遊んでいたが、そのうち短い舌でワシの唇を抉じ開けようと、しきりに歯をなぞってきた。
迎え入れる為にうっすらと口を開けば、隙間から早急に入ってきたコウの舌が、ワシの舌に乱暴に絡み付いてくる。応えるように吸い上げてやると、コウが喉で笑う。
コウを見ると漆黒の瞳はワシを捉え、潤んだように揺れていた。
やはり、綺麗だと思いしばし堪能していると、コウの魔力が回り出した。
「……っ!」
唾液を押し込むように、コウの舌がワシの口腔を蹂躙してくる。遠慮の欠片もないその力強さと同時に魔力も流し込んできた。
だが、ワシの体をなぞるように回り始めたその魔力が、今までに感じた事のない程に弱々しく淡い儚いもので驚いた。
微かに温かいそれは、明らかに今までと違う性質だった。
その魔力に戸惑っていると、コウの舌がワシの口腔内で縦横無尽に暴れだした。
回る魔力は淡いのに、触れ合う所は強引で混乱する。
戸惑うワシの舌を、コウが掬い上げるように引きずり出していく。誘われるままにコウの口内に入り、今度はワシがコウの口腔を蹂躙してやる。
「……ふっ…ぁ……っ」
目を細め気持ちよさそうなコウが、唾液を大きく呑み込むと、膨大な魔力がワシ等を覆い隠す勢いで振り注いでくる。全てを受け止めるように意識を解放すると、コウの甘い快楽の魔力一色になっていった。
体の奥、自分でも感じた事の無い奥底から一気に魔力が溢れ、コウの甘い魔力と混じり合う。
その得も言われぬ快楽の渦に脳が痺れた。
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