1、 トトル

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「ん?どったの、トトル君。」 「……あ…、あの…」 「くはっ!喉、かっさかさじゃん。茶ぁ、飲む?」 「…は、…はい…」  頷くと、にかっと笑う。  光太郎さんだった。  わざわざ、温かいお茶を入れてくれて、ボクの傍まで持ってきてくれる。起き上がり受け取ると、光太郎さんが隣に座って自分の分を飲み始めた。  二人で黙って、焚き火の揺らめきを見ていた。  だけど、ボクはとても動揺していた。激しく心臓が脈打ち、隣の光太郎さんに聞こえてるんじゃないのかと気が気じゃなかった。 「トトル君」 「は、はいっ!」 「くはっ!なになに?なんで緊張してんのさ~?」 「すみませんっ。ちょっと考え事してたんで、ビックリしちゃって…」 「ふ~ん?」  光太郎さんが覗き込んでくる。ボクを見つめるその瞳は、慣れ親しんだ『黒』色でホッとした。  あれは、一体何だったのか…。  ぼんやりしてると、頬に温かくしっとりしたものが触れた。視線を向けると、幸太郎さんの顔が近くにあってキスされたとわかった。暫く見つめ合うと、今度は口に啄むようなキスをしてきて小さく微笑んだ。さっきとは違った意味で、心臓が激しく脈打っていた。 「……見た、かな?」 「…え?」 「……」 「…光太郎…さん?」  光太郎さんが立ち上がった。見上げると、ボクを見下ろしにかっと笑う。 「トトル君は、このまま寝てていいよ?結界も張ってあるし、朝までぐっすり寝れるから」 「えっ?あの…光太郎さんは寝ないんですか?」 「うん。ちょっとあの町(ザクル)に行って遊んでくるよ」 「じゃあ、ボクも行きますよ。すぐに支度を…「来て欲しくないんだわ~、トトル君にはさ」…えっ?何故ですか?」  持ってるカップを横に置き、立ち上がり光太郎さんの腕を掴む。毛布が落ちて足に絡んだが構わず目線を合わす。光太郎さんは、うっすらと微笑みながら迷いのない眼差しでボクを見ている。 「あの町の『人間』達を吸収()してくるから。()()()()()()()()は『同族』っしょ?あんまり気持ち良くないかなぁ~って思ってさ」 「…ッ」 「お付き合いの初日に、気まずくなるの面倒っしょ?だから寝ててよ。帰ってきたら、別の町に連れてってあげっからさ」 「行きます。…一緒に」 「ん~、でもさぁ…」  足に絡まる毛布を手に取り、汚れを払って小さく丸めていく。自分の分のカップのお茶を飲み上げ、光太郎さんの残りも勝手に飲んで、纏めて背負い袋に仕舞う。  焚き火に砂をかけ消すと、脇に置いてあった二人分のローブを掴み、汚れを払ってから黙って見ている光太郎さんに着せてあげる。そして、自分の分も羽織ると、背負い袋を背負って、サクラさんに頂いた籠を持って光太郎さんを見る。 「行きましょう」  声を掛けると、光太郎さんがゆっくり俺を見た。少し困った顔をしている。これもまた、初めて見る表情だった。 「あのさぁ~。来て欲しくないって言ったんだけどさ。聞こえてなかった?」 「聞こえてましたよ。だから、一緒に行くと言ったんですが…」 「お留守番しててよ。トトル君が来ると面倒くさいしさ~」 「邪魔にならないように離れてますから…。さあ、行きましょう」 「…ドン引くよ、絶対」 「?引くってなにを?とにかく、ボクなら大丈夫ですから行きましょうっ」 「……なに、ムキになってんのさ?」 「なってません」 「んじゃ、怒ってんのかね?」 「はい、怒ってます」 「え~?マジかぁ…」 「はい」  にっこり笑って光太郎さんを見れば、一瞬だけ目を見開いたけど、すぐに目を細め考えるように腕を組んだ。  焚き火が消えた事で森本来の暗さが戻り、辺りの静けさが際立ってきて、ここに二人だけしかいない事をはっきりさせていく。向かい合ったまま、月明かりの下で考え込んでる光太郎さんを黙って見下ろしていた。  …そう、ボクは怒っている。とても怒っているのだ。  それは、光太郎さんが、ボクの想いを真剣に受け止めてくれてないからだ。  この人にとってボクは、()()()()()()()()()『人間の一人』でしかなく、今一緒にいるのは一時の気紛れでしかないわけで…。  ーーわかっている。わかってはいるが…納得なんて出来ない。  だってボクは、『人間』をやめる覚悟で、光太郎さんと一緒にいる事を望んでいるのだから。この想いが一方的で、光太郎さんにとっては迷惑でしかない事はわかっている。…それでも今のボクには、光太郎さんのいない人生なんて考えられないんだ。  勝手な考えだってわかってるけど…。だけど…だからこそボクは……。  光太郎さんが長く重い息を吐き出した。びくりと体が震え、鼻の奥がつんとしてくる。光太郎さんから目を逸らし、なんとか歯を食いしばって耐える。  下を向いてると、月明かりに慣れた目に二人分の影がうっすらと見えた。ボクが下を向いてるせいで、影の一部がくっついていた。手を伸ばせば、きっと簡単に抱きしめる事が出来る。  だけど、気持ちはちっとも近付けない。  出会ってから十年。ボクにとっては長くて辛くて、それでも大切な年月だった。  言葉を交わし、触れ合ったのはまだ数えるほどだけど、今までの十年があったからこそ、()がどんなに幸せで大切かがわかる。  離れたくない。ずっと一緒に居たい。  会って、触れて…知れば知るほど、ますます強く願ってしまう。 「トトル君」 「……はい」 「俺さ、トトル君に()()()()()の困んだわ~」 「…はい……えっ?」  顔を少し上げると、俺を見つめる光太郎さんと目が合った。何故か夜のように『黒』い瞳が、不安そうに揺れているように見えた。 「俺ね、かなり魔力強いんだよね。ま、仮にも『魔王』やってるわけだしさ?でね、『人間』には全然興味ないから、多分、笑っちゃうくらい簡単に命なんか刈り取れちゃうわけよ。そりゃあ、もうあっけない程に…ね。むしろ、楽しんでやると思うのよ。実際、楽しみだし。  でもさ~、とっくに『人間』やめてる俺にはわかんないけどさ。そういうのって、トトル君には気味悪くて怖く感じんじゃねぇのかなって思うわけよ?」 「…ッ!」 「なんつーかさ?その事で、トトル君に避けられたり怯えられたりすんのって結構キツいし、そんな微妙な感じで、お互い気を遣って旅するの面倒くさいなぁって思うんだけど?」 「………ッ!」 「大体さぁ~、トトル君と一緒なのにさ、楽しくなくてつまんないのって勿体ないっしょ?」  そう言って、光太郎さんは窺うようにボクを見上げた。そんな表情も初めてだったけど、ボクは自分の中に湧き上がった思いに振り回され、上手く言葉が出せずにいた。だから、ひたすら光太郎さんを見つめていた。 (避けられたり、怯えられたりするのが困る?旅が楽しくなくなる?  …それって、光太郎さんはまだ、ボクと旅を続けてくれる気でいるって事?)  信じられなくて、何度も光太郎さんの言葉を頭の中で反芻する。 『人間』に興味がないと言いながら、『人間』であるはずのボクの気持ちを気にしてくれてる。  楽しく旅をするために『人間』のボクを気に掛けてくれている。  ーーそれって、ちゃんとボクと()()()()()くれてるって事なんじゃないのか?  信じられない気持ちで光太郎さんを見つめ続けた。  一向に話そうとしないボクに何を思ったのか…暫く黙っていた光太郎さんは、一度ボクから視線をそらすと、そっと息を吐き再びボクを見上げる。  そして、爆弾を落とした。 「…別に、そのまま消えたりしないよ?ちゃんと、()()()()()()()()()()()()って『約束』するし」  ぶわっと視界がぼやけた。光太郎さんがはっきり見えなくなって瞬くと、頬に熱いものが流れていった。 「ちょっ、マジか!なんで泣くんだよっ。俺、なに言った?どこに泣かせる要素があった?なぁ、トトル君、泣くのやめて~。俺、トトル君に泣かれるの苦手なんだよ~」  光太郎さんが乱暴に、腕を上げ服の袖でボクの顔をごしごし拭った。  顔がヒリヒリする。だけど…。  そっとその腕を掴む。光太郎さんの眉間にしわが少し出来てた。  あぁ、どんな表情でも、こんなにボクを幸せにする。 「好きです、光太郎さん」 「…うん」  少しだけ目を見開いたけど、素直に頷く。今度は両手で光太郎さんの顔を包み込むように触れ、至近距離から見つめた。 「愛してます」 「くはっ!…知ってるしっ」  光太郎さんがにかっと笑う。だから、ボクも微笑んだ。 「待ってます。()()で、光太郎さんが()()()()()のを…」 「ん~?なんで急に?」 「…光太郎さんは、()()()()()()()()()()()()()んですよね?」 「うん。なる(はや)に帰ってくるし」 「はい、わかりました。だから、ボクは()()()()()()()()ね」  背負ってた鞄を足下に起き、光太郎さんを見下ろす。光太郎さんは、少し困ったようにボクを見上げていた。  だから、そっと可愛いおでこにキスをしてみた。 「…本当に、怒ってないっぽいんだけど?」 「はい。もう、怒ってませんから。むしろ、喜びに打ち震えていますっ」 「マジか!どこからどうなったんだかっ。トトル君、謎すぎるっしょ?」 「ふふっ」  また光太郎さんがぼやけてきた。ぎゅっと目をつむり視界を戻す。  ボクは、光太郎さんの前じゃ、小さな子供のようになってしまう気がする。何気ない事に悲しんだり怯えたり…。だけど、真っ直ぐなこの『黒』の瞳に見られていると嬉しくてたまらなくなる。 『魔王』と『勇者』。本当ならこんな風に近付く事なんか出来なかったはずなのに…。  だけど、『魔王』と『勇者』だから出会えたんだ。  戸惑うように、光太郎さんが両手で包み込むようにボクの頬にそっと触れた。流れた涙を拭ってくれる指は、やっぱり少しひんやりしてて気持ちが良かった。 「泣くなよ」 「はい。もう泣きません。ちゃんと待ってますから」 「…お土産いる?」 「ふふっ。そんなものより早く帰ってきてください。そして、サクラさんのお土産を一緒に食べましょう」 「くはっ!それな。サクラちゃん、料理上手だから旨いはずだし。んじゃ、ちゃちゃっと済ませてくるわ」 「はい。大丈夫だとは思いますが…気を付けてくださいね?」 「くはっ!(魔王)に『気を付けて』なんて言うの、トトル君ぐらいだわ~、うん」  楽しそうに笑った光太郎さんが軽くキスをしてきた。その瞬間、消したはずの焚き火が再び燃え始め、焚き火で照らされた光太郎さんの姿が揺らめいていく。 「行ってらっしゃい」  光太郎さんは少し驚いたけど、すぐに笑う。 「行ってきます」  言葉と同時に消えた光太郎さんのいた場所を見つめる。少しだけ、寂しさが顔を出したけど頭を振って追い出し、焚き火の前に腰を下ろし鞄の中からお茶の道具を取り出し準備を始める。  帰ってくる光太郎さんと、温かいお茶を一緒に飲めるようにする為に。
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