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しかし驚くことに、チヒロは自らの手でリリーナが持つ銀器を叩き落とした。
「銀が変色してる! 毒よ!」
台詞を言ったのもチヒロ。
今まで何度も見た光景だが、このパターンは初めてだ。
そしてチヒロのもとに真っ先に駆けつけたのはアインバッハ皇子ではなく、ラインザッハ近衛隊長――皇子を警備するべく彼の側に常に付き従っている長躯筋肉質赤髪に、鋭い目つきが凛々しい男だ。
ラインザッハはドン!とリリーナを突き飛ばし、チヒロの体を抱き寄せた。
「貴様、リリーナに毒を盛ったのか」
リリーナを断罪するのはラインザッハ――これも初めてのパターン。
彼は腰にさしていた剣をするりと抜いた。
よく考えれば、この行為、ラインザッハの首の方がやばい。
このパーティ会場には皇子であるアインバッハはじめ、高貴な家の子息女たちが何人もいるのだから、その眼前で剣を抜くような迂闊な行動は許されない。
そもそもが彼が剣先を向けているリリーナ嬢からして、この国で王家に次ぐ高貴な身分である大公家の息女なのだから、一介の近衛兵ごときが私憤にまかせて剣を向けていい相手であるはずがない。
まあ、そういった細かいことが吹っ飛んでいるのはゲームの中の世界だから仕方ないということで、俺は納得している。
ヒロインであるチヒロの周りには、騒ぎを聞きつけたイケメンたちが集まってきた。
「なんだい、どうしたんだい」
そう言って若草色の髪をかき上げるイケメンは宰相の息子であるユーテス=レイアード――攻略対象だ。
「リリーナっ! さすがにこれは見逃してやることはできない! 相応の罰を受けてもらう!」
ギラギラと怒りに燃える瞳でリリーナをにらみつける黒髪のイケメンは、この国の皇子でありリリーナの婚約者でもあるアインバッハ皇子――攻略対象だ。
「おやおや、いけませんねえ、この伝統あるアイゼル学園内でこんな騒動を起こすとは、恥を知りなさい」
肩まで垂れる栗色の髪に銀縁眼鏡という、いかにも女受けしそうな見てくれのイケメンは闇属性の魔法学科担当の教官、サレス先生――攻略対象である。
つまり今は、『断罪イベント』のために攻略対象のイケメンたちがヒロインを守るように立ちはだかり、悪役令嬢であるリリーナをにらみつけているという、いかにも乙女ゲームのスチル絵にありそうな状況だということ。
ここからの流れは、俺がこれまで何度も経験してきた『断罪イベント』そのままの流れである。
「毒殺犯だ、衛兵、捕えろ!」
皇子の合図で制服を着た衛兵たちがパーティ会場に雪崩れ込む。
リリーナ嬢はあっさりと組み伏せられ、それでも叫び声を上げる。
「これは、何かの間違いです!」
皇子はもちろん、そんな言葉を聞き入れるわけがない。
「リリーナ、今までのきみの悪行は見逃してやっていたが、これは流石にやりすぎだ。きちんと罪を償うんだな」
「悪行って何ですか、誤解です! 全て誤解なのです! どうか話を聞いてくださいませ!」
「残念だが、きみの言葉を聞く耳など持ち合わせてはいない、婚約は破棄させてもらう」
「アインザッハ様!」
絹を切り裂くようなリリーナの絶叫を最後に、画面がぐらりと大きく揺れ、俺の視界が真っ白い光で塗りつぶされた。
そう、俺はこの『断罪イベント』から先にすすめずにいる。
きっと今回も……。
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