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8 縁
鈴本烝
あの日、シンガポールで別れた後俺はハワイへ向かった。
母の田舎のハワイ。子供の時を過ごしたハワイ。俺にとってのハワイは実家だった。
無性に家族に会いたくなったのだ。
もちろん父親と母親は横浜にいる。だが俺にとってハワイの親戚や友人が近い家族だと思っていた。
ハワイに着いて母親の実家に向かった。
祖母はまだ元気で、久しぶりの俺の訪問を大層喜んでくれた。
「ジョーは結婚は考えてないのかい?」
祖母に聞かれた。
俺は正直まだそんなつもりはなかった。
「ジョー、もう30歳よね。人生なんてボーッとしてたらあっという間に過ぎるのよ。ハワイは地上の楽園とか言って、時間がゆっくり過ぎていると思っている人も多いけれど、確実に時間は平等に過ぎていくものよ。また会いましょうと言って気がついたら30年も会ってなかったなんてこと、よくあるのよ。まだジョーは若いからそんな事考えたこともないだろうけど。ずっと一緒にいたいと思う人がいるなら、手を離さないことね。縁なんて気がつけばあっという間に切れるんだから」
そう言われた。
縁が切れる・・・
俺は縁があればまた会えると思っていた。
だからナツの連絡先も聞かなかった。
だが祖母は反対のことを言う。
「切りたくない縁があるなら、切らないようにしなさい」
そう言われて、焦った。
ナツは俺にとってたった半月の旅先で偶然会っただけの女性だった。
でもここハワイに来ても思い出すのは彼女のことばかりだった。
そもそも仕事を辞めて旅に出るきっかけは、失恋だった。
同じ歳の彼女に3股かけられていたのだった。
俺のことは見目がいい飾りの男だったようだった。
全てがバカらしくなった。見た目で判断されることに辟易していた。
だからあえて汚い格好をして、バックパッカーで世界を回ろうと思った。
決して金がないわけではない。
俺は若い時から投資で資産運用している。正直働かなくても食えるだけの金は毎月入ってくるようになっていた。そんな俺の背景を知っててあの女は俺を飾りに使ったのだ。
成田から上海へ向かう飛行機でナツのことは気になっていた。
綺麗な女性と思うより先に、なんて気が利く女性なのだと思った。
それは飛行機に乗り込んで席へ着く時、外国人のお年寄りの荷物を棚に入れてあげたり、手を引いて機内のトイレへ案内している姿を見てそう思った。特別知り合いではなさそうだった。偶然隣の席になっただけの人のようだった。
そして、タイのワットアルンでも見かけた。
この時には正直驚きすぎて、声をかけるべきかどうか1時間も悩んでしまった。
そう悩んでいる間に彼女はどこかへ行ってしまっていた。
なんであの時声をかけなかったのだと酷く後悔した。
その日の夜、タイに住む友人と会食をする予定だった。
俺がしている投資は全て外国のものだ。その投資の仲間と会う予定になっていた。
だが、その友人の娘が熱を出したか何かで急に来れなくなった。
せっかく小綺麗な格好をしたのだから、少し綺麗な店にでも入ろうと思った。
そこでまたナツを見た。俺は店員にあの席でと言い、偶然を装って相席にしてもらった。
やっと声をかけれた。
ナツも俺のことに気がついていたようだった。
どんな人なのか探りを入れる。
話しているうちに彼女のキャラクターがわかってきた。
やはりとても気が付く。そして、気が強い。
俺がバックパッカーだと言うこともあってか、お金のことも気にしてくれる。
実際には俺は金を持っていたが、年下だろうし、そこはナツの負担にならない程度に甘えた。
タイで5日間過ごした最終日。
俺はまだナツと一緒にいたかった。
シンガポールに行くと言うのに同行することにした。
シンガポールの銀行にも金を預けている。
だからどちらにせよ俺も行く予定にしていた。
1日だけシンガポールの銀行の担当と会って話をした。
それ以外はずっとナツと一緒にいた。毎晩ナツを求めた。
ナツの肌に抱かれると俺は安心した。
そして、別れた。
ナツは俺より年上だし、旅先のいい思い出にしたい様子だった。
ならばその思い出にと小さなダイヤモンドがついたネックレスをプレゼントした。値段が高いときっと受け取ってもらえないと思った。だからスワロフスキーの様にも見えるものにした。
大した値段では無いと言って、受け取ってもらえた。嬉しかった。
本当は後ろ髪を引かれてはいたが、縁があればまた会えるのではないかとその時の俺は思っていた。
海外で偶然会った縁なのだから。
だが、ハワイで祖母に言われた。
「縁なんて簡単に切れる」
ハワイで4日過ごした後、すぐに日本に帰国した。
ナツはどこにいるのだろう?
東京に住んでいると言う事と、フルネームしか知らなかった。
俺は探した。だが東京には何万人という人が住んでいる。探しようがなかった。
そんなある日、偶然、彼女の名前を見かけた。
それは女性起業家が特集された、投資関係の雑誌での記事だった。
一般に出回っているものではなかった。
注目の会社として載っていたのだ。彼女の名前はあるが顔写真まで載っていない。
そこからはあらゆる手を使ってその会社のことを調べた。
やはり彼女の会社だった。
俺は昔思い描いていたビジネス案を具体的に考え直した。
そもそも学生時代に会社を立ち上げようと仲間と考えていた計画がいくつかあった。
友人はそのままベンチャー企業を立ち上げている。
俺もそのメンバーではあったが、当時モデルもやっていたし実際の社会経験を積んでみたかった。そのベンチャー会社の運営がうまく行くまでは報酬は何もいらないという約束を友人としていた。そしてタイミングよくその友人から次の事業に取り掛かろうと誘いがあった。
実際俺は勤めていた会社を辞めていたし、今は何も縛られていない。だから俺も起業することにした。
友人が先に始めていた会社の株主にもなっている。
資産はまあまあな額を既に持っていた。
ナツの会社と提携をできないか・・・。
そんなことばかり考えていた。
運よく合致する事業計画があった。
ダメもとで打診してみる。
結果はご覧の通りだ。
事業提携の会食の日。
彼女は目の前に現れた俺を忘れていなかった。
ホテルの部屋に来てくれるか賭けてみる。
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