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物の怪
「新島守よ、尊成よ」
遠くに波の音が微かに聞こえる。その声は最初、屋敷を取り巻く風の隙間から呼んでいるようだった。これは夢でも見ているのだろうと、再びまどろみの淵に意識が沈む手前で、今度は耳元で呼ばわったかのように声が響いた。
「新島守よ、尊成よ。覚えておるか」
後鳥羽上皇は驚きのあまり跳ね起きた。周囲を見渡すが、視界は暗い。しかし何者かの気配を感じ、室内の一点を見据えて息を殺す。闇に目が慣れるのにさほど時間はかからなかった。
「何者か?」
浮かび上がった影に向かって問い掛けるが、返答はない。さては鎌倉の寄越した刺客かもしれない。後鳥羽上皇は身構えたが、身を護るための得物など何もない。
「朕を殺しに参ったのであろう。鎌倉の手の者か?」
そう問い質すと、今度は答えが返ってきた。
「我は刺客にあらず。ただ汝に怨みを抱く者なり」
「怨みとな」相手の答えに意表をつかれ、上皇は素朴な問いを返した。「その怨みとは何か?」
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