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因縁
「十六の秋、私は初めて拝謁を賜りました」
往古の記憶を手繰り寄せて語り始めたその口調は、それまでの化物のものとはうって代わり、まるでうら若き乙女のような柔らかな響きが感じられた。
「名家に生まれながら、すでに父は官途に挫折し、家は落ちぶれており、私は良縁を望むべくもなく、三十も年の離れた男の後添えになる始末。女の身に生まれた哀しみを慰めようと和歌の道に勤しんでいた矢先、図らずも院(後鳥羽上皇)に召し出されました」
後鳥羽上皇の脳裏にもその頃の記憶が浮かんだ。当時、上皇の抱いていた野心の中でも、和歌は最も熱を帯びた分野だった。歴史に名を残すような自らの歌壇を設立しようと、若い才能の発掘に力を注いでいた。そして見い出した才能の一人が宮内卿だった。
宮内卿の父・生蓮(源師光)は和歌の大家であったが、彼女はその父に師事することなく、全くの独学で才能を開花させたという。天賦の才もさることながら、その人物像にも強く惹かれた。因習を打破し、新しい未来を切り拓く力の持ち主ではないか、と大いに期待を寄せたのだ。
「その時、院はこう仰せられました。お前はまだ無名で何の実績もないが、名だたる歌人に混じっても遜色のない力を秘めておる。いずれ我が歌壇が誇る歌人になるだろう、と」
その言葉を聞いた時、宮内卿は瞳を潤ませて顔を紅潮させた。喜びに身を震わせる純真な少女の姿が、上皇の記憶の淵に浮かび上がった。
「そうだ。お前は朕の期待を裏切らなかった」
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