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「私は院のご恩に報いる為なら、この命さえ惜しいと思わなかった」
その言葉に偽りがないことは、後鳥羽上皇も承知していた。上皇の歌壇に登場するや、彼女は並み居る大御所や名人達人を相手に、全くひけをとらない活躍を見せた。
命さえ惜しくない。
その言葉も事実だった。宮内卿は文字通り、身を削り心を砕く程の努力をした。だがそれは両刃の剣となって彼女を傷つけ、蝕んでいった。
好不調の波は誰にでも訪れる。不調の時は耐えて、その時が退くのを待つべきだが、彼女にはそれが出来なかった。不調になれば己れの努力が足りないのだと、一層自分を追い込んでしまった。そのせいで、何度となく倒れ、周囲を心配させた。
「私には歌の道しかなかった」
その思いが強ければ強い程、自分自身を追い詰めることになると、彼女は気づけなかった。
そして次第に歌人としての彼女に翳りが見え始めた。
期限までに規定の数を詠めなかったり、同じ歌を重複して提出するといったあり得ない間違いまでするようになった。
それでも必ず持ち直してくれると信じていた。だから、釈阿へ贈る袈裟に入れる歌を、彼女に作らせることにしたのだ。本当は反対する意見もあったが、敢えてそれを聞かなかった。
果たして宮内卿が提出した歌は、
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