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「尊成よ、汝の命を天に委ねよう。出雲の浜に流れ着けば骸となり、隠岐の浜に流れ着けば哀れな囚人として失意の内に生きるがよい」
化物は上皇を掴む脚の力を抜いた。
上皇の身体が漆黒の海に吸い込まれるように落ちていった。吹きわたる風の下で、小さな水柱が月の光を受けて煌めいた。その時、虚空に化物の姿はすでになかった。
翌朝、御所から上皇の姿が消え、庭に血溜まりが残っていたことから、隠岐島は騒然となった。
しかし程なく、浜に打ち上げられた上皇を島の漁民が発見した。流刑地にまで付き従って来た寵臣の藤原能茂が駆け付けてみると、衣こそ血に染まっていたが、奇妙なことに上皇の身体には傷ひとつ付いていなかった。
後鳥羽上皇はその後、隠岐島に囚われたまま生涯を終えたが、あの夜の出来事については固く口を閉ざして、ついに語ることはなかった。
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