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上皇は袈裟に施された刺繍文字に目をやった。不思議なことに糸が紫色の光を宿して、闇の中で文字を浮かび上がらせていた。それは釈阿の長寿を祝って作らせた和歌だった。読んでみると、二首ある内の片方に異変があることに気づいた。
永らえて けさ◼️嬉しき 老いの波
八千代をかけて 君に仕へ◼️
そこにあるはずの二文字が消えている。
なぜ?
「それに覚えがあるであろう」
化物の言葉に、忘れていた記憶が甦ってきた。その和歌は当時、後鳥羽上皇が最も期待を寄せていた若手歌人に作らせたものだった。ところが、提出された作品に不足を感じ、後鳥羽上皇が勝手に字句を改変して採用した。本来なら作者本人に直しを命じるべきだったが、時間がないからと勝手に手直しをしたのだ。
後々に聞いた話では、その歌人は若くして病を得て夭逝してしまったのだが、実はその一件を知ってから和歌を詠めなくなっていたらしい。もしかすると、勝手に字句を変えたことが夭逝の遠因になったかもしれない、と上皇自身考えたこともあった。
その作者の名は、忘れもしない。
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