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ーー嘘だろ。
人の流れに身を任せるように、こちらを向いて立ち止まるナツコの姿があった。動揺で後退りしかける秋永に駆け寄るでもなく、彼女は深く頭を下げる。
ーーやめてくれ。謝るのは、俺の方だ。
俺が、勝手な思い上がりで君の人生を狂わせた。もう一度目が合ってしまう前に、消えてしまわなければ……。
本当は、過ちを犯しかけたあの時。
身を引きちぎられる思いで、君から離れたんだ。
友人でも恋人でも夫婦でもないけれど。
愛したつもりだったんだ、俺なりに。
幸せにしたかったんだ、君を。
初めて見かけた時の、リクルートスーツ姿の素朴な後ろ姿のナツコを反芻しながら秋永は回れ右をし、足早に立ち去った。
「好みだったからに、決まってるだろ……」
「パパ、たばこ買えた?」
つぶらな瞳を瞬かせながら、一人息子のマモルが尋ねた。
「いや……売り切れてた」
下手な嘘にも、純粋な子どもは「ガッカリだねぇ」と同情してくれる。「禁煙しましょうよ、もう若くはないんだから」とは、妻の言葉。
妻には、感謝しかない。
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