【番外編②】秋永の幸せ

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「僕の部屋に落ちていたんだよね。ナツコちゃんに使わせているマンションの」  あの時の、と一瞬思い返した表情を矢的が見逃すはずもなく。 「秋永君も、人が悪いよね。お手つきの子を僕に差し出すなんて」  一線は越えていません、と弁明できるはずもなく。 「申し訳ございません」  深く頭を下げ、謝罪するより他なかった。  その日のうちに、長年勤めた事務所から僻地の関連会社へ出向するようにとの通達が下った。迷わず、退職届を書いた。 *  二度と会うことがないだろうと思っていたナツコに、一度だけ会った。正確には『会った』ではなく、『逢った』と言うべきだろうか。  妻と子どもを連れていた後ろめたさから、目も合わさずすれ違った。何の未練もなさげに歩き進むナツコに「これで、よかったんだ」と安堵する反面、「最後に、後ろ姿だけでも見送りたい」という思いが沸き上がる。 「ごめん。煙草買ってくるかから、先に行ってて」  適当な理由を告げて妻子に先を歩かせ、立ち止まり踵を返した秋永は息を呑んだ。
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