【番外編②】秋永の幸せ

9/9
15人が本棚に入れています
本棚に追加
/111ページ
 一時とはいえ、指輪を失くしても言及せず、退職の意を伝えても尚「あなたとマモルを養うくらいの馬力はあるわよ」と、サラリと受け入れてくれた。 「パパ、泣いてるの?」  隣で歩くマモルが、心配そうに秋永の顔を覗きこむ。 「え?」  左側の瞳からだけ、一筋の涙が頬を伝って落ちていた。いつの間に……。 「まだ花粉の舞う季節でもないのにね。パパ、煙草が買えなかったことが、よっぼど悲しかったんだね?」  秋永と息子を交互に見比べながら、妻が間に入る。すれ違ったナツコのことも、知っていたに違いない。  一般人となった今、かつてのオーラが消えてしまったとしても。至近距離ですれ違った彼女が、夫が見出だしたモデルだったことなど容易に分かっただろう。分かっていて、敢えて後戻りさせてくれたのかもしれない。  けれど、気づかないふりをしてくれた。 「禁煙、するよ」  微笑みながらつぶやき、賢明な妻を生涯大切にしようと秋永は誓った。 <【番外編②】了>
/111ページ

最初のコメントを投稿しよう!