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一時とはいえ、指輪を失くしても言及せず、退職の意を伝えても尚「あなたとマモルを養うくらいの馬力はあるわよ」と、サラリと受け入れてくれた。
「パパ、泣いてるの?」
隣で歩くマモルが、心配そうに秋永の顔を覗きこむ。
「え?」
左側の瞳からだけ、一筋の涙が頬を伝って落ちていた。いつの間に……。
「まだ花粉の舞う季節でもないのにね。パパ、煙草が買えなかったことが、よっぼど悲しかったんだね?」
秋永と息子を交互に見比べながら、妻が間に入る。すれ違ったナツコのことも、知っていたに違いない。
一般人となった今、かつてのオーラが消えてしまったとしても。至近距離ですれ違った彼女が、夫が見出だしたモデルだったことなど容易に分かっただろう。分かっていて、敢えて後戻りさせてくれたのかもしれない。
けれど、気づかないふりをしてくれた。
「禁煙、するよ」
微笑みながらつぶやき、賢明な妻を生涯大切にしようと秋永は誓った。
<【番外編②】了>
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