園芸係と歌う不良

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**** 「ママママママママー」 「ママママママママー」  園芸場は、他の園芸係の歌が響いている。その中で、私は橋田くんに発声練習に付き合ってもらっていた。最初は喉はヒューヒュー以外の声が出なかったのに。毎日繰り返したら、少しずつ声が伸びるようになっていった。  意外だと思ったのは、橋田くんはさぼり魔な割には歌に関しては真面目で、発声の練習も歌の練習も教えるのが上手かったのだ。  私が声を出せるようになったのを見計らって、橋田くんは「じゃあお前、そろそろひとりで歌えねえの?」と言われたとき、私はビクン、と肩を跳ねさせた。 「……やっぱり、歌わないと駄目かな?」 「はあ……? やっぱりお前さぼる気じゃ……」 「ご、ごめんなさい! で、でも……本当に、植物を育てるために、歌うのが駄目なだけで……本当に……」 「なんかあったのか?」 「え……?」 「お前普通に声出てるし、綺麗な歌声してるのに、花壇でだけ歌えねえっておかしいだろ。だとしたらなんかあったのかと思ったんだけど」  私は少しだけ目を瞬かせた。このことは、高校に入学してから、どの友達にも口にしたことはない。  ……ずっと歌の練習に付き合ってくれているのに、橋田くんにだけ頼ってちゃ駄目だよね。私はどうにか勇気を振り絞って口に出してみた。 「……小学校のときも、園芸係になったことあるけど」 「うん」 「……うちのクラスの花壇だけ、芽が出なかったんだよ。他のクラスは芽が出たのに」  何度歌っても駄目だった。水をやって、歌を歌ったら芽が出るはずなのに、全然駄目だった。  当然教室でつるし上げにあった。 「教室で先生にものすっごく怒られたし、クラスの子たちにも怒られたの。宿題のひとつは教室で育てたヘチマの観察だったのに、できないからって。そこから全然歌えなくなっちゃったの……言い訳みたいで、申し訳ないけど」 「いや、それって普通のことじゃないのか?」 「え……?」 「どう考えたって歌っても芽が出ないって、おかしいだろ。種のほうが駄目だったんじゃねえの? なんで橘だけ責められるんだ? それに係だったなら、もうひとりいるだろ。そのもうひとりどこ行ったんだよ」  私はあっさりと切って捨てた橋田くんを、ポカンと口を開けて見ていた。  私は泣きながら帰って来ても、お父さんもお母さんも「苦手なことはあるよ」と慰めてくれたけれど、種のほうが悪いってことはひと言も言わなかったと思う。  それに……思い返してみても、たしかに私、同じ園芸係の子はゲームのイベントがどうのって言って、私に係の仕事を押し付けてどこかに行ってしまったんだった。  そんな簡単なこと、どうして忘れてたんだろう。  ……だからと言って、そう簡単に歌えるようになるわけでもないけど。  私は俯いて「ごめんなさい……」とつぶやいたのに、橋田くんは頭をガシガシかきながら言う。 「もういいじゃん。とりあえず歌の練習は続行。お前が歌えるようになったら歌ってくれよ。あいつらも結構成長したし、最後にお前が花を咲かせばいいんじゃねえの?」  そう言って、うちのクラスの担当の花壇を指差した。  橋田くんの歌で成長したペチュニア。まだ蕾も付いてないけれど、順調にいけば夏には元気に花が咲くと思う。  それまでに、歌えるようになるのかな。私は橋田くんに「ありがとう……」と小さく言うと、ぷいっとそっぽを向いてしまった。何故か耳を真っ赤にさせながら。 「……なんつうか、気に食わなかっただけだよ。そういう型にはめた考え方が」  そう言い訳する橋田くんが、なんだかおかしかった。  夏になったら、歌えるようになるかな。花が咲かせられるようになるかな。私はそう思いながら、今日も橋田くんと歌の練習をする。  まだ植物を育てられるほど大きな声は出せないけれど、それでも夏までには。
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