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*メイク・サム・ノイズ
「ありがとう。蝦蛄パンチのおじちゃん」
キッドAは、加藤が身を挺して砕き穿き開いた活路に、回転速度を増しながら飛び込んだ。
彼はまるでドリルのような形状で澱んで固着した精神の蓄積を削岩して進む。
濁った苦しみの精神体の火砕流が溶け出す。それはサーモンの裂かれた腹から溢れ出すイクラのような集合物で、その一粒一粒が胎児の如く膝を抱えた人間の形をしていた。冷たい昏睡から目覚めさせられた行き場のない精神たちの阿鼻叫喚が始まった。それは凄まじく不快な響動だった。
メアリーは、轟く怨念の合唱の痛ましさに合掌する。
頭と両手の先だけ残して分裂した加藤は、その異形の精神体のまま熱狂している。
「行け! 行け! 騒げ! ぶっ壊せ! ノイズを撒き散らせ!」
キッドAは加藤の乱痴気な囃子にもお構いなしに尚も回転しながら掘り進む。怨念の精神たちが再び巻き起こるメエルシュトレエムに飲み込まれて棚引く。
加藤の頭は、急激な騒めきの中で見た。
渦の中で錐揉みされ弾かれ舞い上がる精神の有象無象が右往左往に呻く蠢きの中で、臆せず一途に祈る少女と、先に広がる畏敬の遺景を。
キッドAがドリル化して進んだ先には空洞があり、その地平には億単位の人型のドット絵が創り出す、巨大な回路図に似た曼荼羅があった。
その中心に半分に裂けた、別の大きな嬰児が横たわっていた。
「行け、ドリルのまま突っ込め。間違いなくソイツが元凶だ!」
加藤の頭の精神体は叫ぶ。
だが、キッドAは急に回転を止めて呆然と硬直しているだけだった。
見下ろす上空のキッドAのジャメヴュと、見上げる曼荼羅A児のデジャヴュの鏡映し。
「なんだよ、ドリルすんのかいと思ったら、せんのかい!」
キッドが突っ込まなかったことにツッコミを入れる加藤の頭の横を、何かが木の葉のようにヒラヒラと落ちて行った。
「危険だ、最悪のシナリオになるかも知れぬ、何としても阻止せねば!」
再び切り離された加藤の『愛の文字が刻まれた右手』だけの精神体が何らしかの危機を察知し警告しながら、舞う落下物を追った。
しかし、その木の葉のような謎の物体は、加藤右手の追跡を躱すかの如くキッドAの横を擦り抜け、曼荼羅の中心のA児の額に落ちて止まった。
静かに様子を窺っていただけの曼荼羅のA児は、木の葉のような物が触れた部分からみるみると青褪めて変色し、表情が歪んで行った。彼は小刻みに震え出し、その振動は曼荼羅の全域に伝わり、濁った緑の海の空間をも揺らした。
踠き苦しむ曼荼羅A児の顔に落ちた異物の正体は、『H/A/T/E(憎悪)』の文字が彫られた加藤の『沈黙の左手』の掌だった。
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