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*分解された男
親子に再会を喜ぶ間を与えず、ブラックホール化して加藤とメアリーを飲み込んだキッドA。
阿田や桃子や獣人たちは銀河号の盾に守られて轟々たる渦を乗り越えた。
時空の歪みが刃になって切り裂いた地下隔離施設は、捻じ曲げられた物理法則で再構築され、溶けた亜空間に変容していた。
この光景、まるでサルバドール・ダリの絵のようだと阿田は思った。
ミリガン虚人の肉体を構成していた多数の腐歩は、地下施設の壁や床や研究機器と融着してシュルレアリスムなインテリアと化していた。
その中央に、キッドAの崩壊と収束の渦に呑み込まれてしまった筈の加藤とメアリーの肉体だけが無傷で残され横たわっていた。
阿田たちは近寄って調べたが、二人とも仮死状態だった。
「どうやら、精神だけが巻き込まれ連れて行かれたみたい」
桃子は推測し発言した。
「いや、加藤たちは自らの意思で肉体を抜けたんだ......決着をつける為に」
阿田は思い出していた。メアリーがジョン・オブ・アーク号の医務室で蘇生したときに、死の先にある世界『涅槃』への旅の光景と『精神は決して死なない』と語っていたことを。
「ドクター、ちょっといいですか?」
獣人ゴージローが、慌てたように駆け寄ってきた。
呼ばれた阿田は振り返り、彼が加藤から管理を委ねられた二十四個のミリガン・カセットを抱えているのを見た。
「さっきの嵐の最中、この箱の中で蠢いていた粘菌たちが溶けて流れ出て、なんだか煙みたいな幽霊みたいなユラユラになって蒸発して、大きな赤ちゃんが爆発した後の竜巻に吸い込まれて消えてしまったんです」
ゴージローはそう言いながら、空っぽのカセットの束を差し出した。
聞いた阿田は娘の桃子に意見を求めた。
「キッドは言ってた。肉体があると次元の薄氷を通り抜けられないって。粘菌族は身体を捨てて半分死んだ精神体だから、それこそ、さっきのブラックホール現象で『涅槃』に拐われのかもしれない」
桃子は述べた。
「それは一理ある。涅槃の存在は伝聞にしか過ぎないので推測の域を出ないが」
阿田は渋い顔で頷く。
研究者親子が喧々囂々と議論するチンプンカンプンを理解出来ないまま、ゴージローは自分を粘菌英国の孤独から救い出し、自由の国である元アメリカのイルデペンデンタウンに連れて行ってくれた恩人の加藤の抜け殻を確かめた。
瞬間、加藤の身体が稲妻で通電したように激しく跳ねたと同時にバラバラに飛び散り、頭と両手を残した部分が以外が急激に腐食した。
「加藤アニキ......」
ゴージローは更なるチンプンカンプンに絶句しながら分解された男の残骸を見つめていた。
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