*まっぷたつの子爵

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*まっぷたつの子爵

 二十四の腕と二十四の脚を生やし、二十四の口から呪詛を吐き、四十八の瞳を光らせる肉塊のような精神体。  その得体知れずの醜さが隕石のように迫る。 「なんじゃありゃ、誰だよアイツ?!」  振り返り海の天井を見上げた加藤の頭は叫ぶ。 「......あれはもしかして、評議会の精神本体?」  メアリーの直感が働く。しかし『ミリガン・コントロール』で精神を分割した筈なのに、あの融解した異形はどうしてなんだろう? と考える。 「うん。アレはさっき僕があっちの世界で細切れミンチにした虚人の中の人だよ。僕のブラックホールでの次元薄氷通過で切り離し前に戻ったんだね。粘菌化して連結した精神は二度と元通りの『個』にはならないよ。綺麗な色の二十四色の粘土をぐちゃぐちゃに混ぜると濁ったマーブルのウンコ色になるよね。それをまた二十四分割したって元の別個の綺麗な二十四色には戻らない。単に同一の混濁のウンコが二十四個になるだけなんだ。この『涅槃』は心を映す鏡みたいなものだから、此処で醜いってことは致命的だなあ......あ、もう死んでるに等しいんだけどギャハハハ」  投げ出されたパズルのように紋様を失ってゆく曼荼羅から剥がれ沸き立つ精神たちの噴出の弾丸妨害に手こずりながらも、余裕を見せるキッドAの返答が直接メアリーと加藤の思考に響く。    どうやらそれは二十四混濁精神体にも届いたようで、劣化の如く怒り狂ってキッドAへ向かって潜水して来る。    頭と右手だけの加藤は、その異形の前に毅然と立ちはだかる。 「邪魔だ、どけバケモノ!」  二十四の声が一斉に響く。 「ふっざっけんなっ! テメエのほうがよっぽどバケモノだろうが!!」  叫ぶ頭だけ加藤は突進し強烈な頭突きをお見舞いする。続き右手加藤は百烈の蝦蛄パンチを繰り出し、異形の評議会をもっと醜い姿に変えた。  しかし精神力では粘菌評議会たちの方が上だった。  呆気なく弾き飛ばされた加藤は、全力で殴ったのに奴の表層だけにしかダメージを与えられなかった事を疑問に思った。  加藤のパワーが著しく衰退したのは、『憎しみの左手』を失ったのが原因だった。哀しいかな加藤の強さの源は『ネガティヴ』と『ラヴ』の混合だった。片方が欠けた今の彼は『壊物(カイブツ)』として力を発揮出来ない。 「この場は僕たちに任せて、あなたは自分自身を取り戻して、あの『まっぷたつの子爵』たちに手を貸してあげてください!」  加藤の心に芯のある真なる献身の声が届いた。  その声の持ち主は、褐色の赤ん坊だった。そうだ、彼は前回の涅槃の旅で、天の声になったダニー隊長が『ジュニア』と呼んでいた精神体だった。 「......また会えたな、ダニー・ジュニア」  そう呟く加藤は小さな隊長の指示に従う。 「全員集合! 配置に着け!」  物陰に身を潜めていた進撃の赤ん坊精神軍がダニー・ジュニアの掛け声ひとつで集まり、あっという間に鉄壁となって異形の侵入を阻んだ。  その護衛を信頼し先を急いだ加藤は、七色に燐光するキッドAが、闇と病みと熄みで黒濁した曼荼羅のA児の元に辿り着き、手を差し伸べる瞬間を瞰た。  その寄り添う二つの巨大な姿は、まるで陰陽を表す太極図のような光景だった。
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