*おおきなかぶ

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*おおきなかぶ

 キッドAは元は自分だった横たわる影に救済の手を差し伸べた。  哀しみのA児は、希望の意味を問うように光に向かって手を掲げた。  左手と右手、五本の指と五本の指が重なって結ばれる。その形は、側に寄り添うメアリーが組んだ祈りの手と同じだった。  キッドAは掴んだその手に渾身の力を込めて思い切り引く。    牽かれたA児は苦悶の表情を浮かべるが身体は浮かばず少しだけ反るのみだった。けれどキッドAの強烈な牽引はA児の地に着けた半身を中心にした曼荼羅の四方八方に巨大な亀裂を走らせた。 「さっさと起き上がりやがれこんちくしょう! なんでこんなとこでメソメソしてんだガキが!」  遅れて来た加藤の頭が悪態を吐く。 「苦しんでる子に暴言を吐くな、慎め!」  加藤の愛の右手は、加藤の顔面を殴った。それでもなお態度を改めない頭を無視して右手はA児の髪の中に落ちた『憎しみの左手』を探し当てた。  それを加藤の顔面に叩きつけ右手は言った。 「思い出せ、俺たちが一心同体だった頃を。この海が心を映す鏡なら、オマエの心の奥底にある、俺たちがバラバラに壊れる前の姿を再現出来る筈だ」 「......ダニー隊長は、どんな辛い時でも『笑え、無理をしてでも』と教えてくれた」  頭だけの加藤は、歪に攣ったみっともない笑顔を見せた。  愛の文字が刻まれた右手と、憎しみの文字が刻まれた左手が両脇に寄り添う。そのトライアングルの中に在りし日の加藤の肉体の幻影が浮かび三者は再び結ばれた。 「俺たちは決して元には戻れない。さっきデカブツ赤ん坊が言った濁った糞のままだ。けれど俺は思い出したんだ。 『愛』も『憎しみ』も全て、俺自身の大切なエモーションだったんだ。だから俺は何度壊されても立ち上がって闘ってきたんだ、今までも......今この瞬間も!」  時間の概念のない涅槃システムの中で、過去と現在の隔たりを破壊する加藤の信念が轟く。彼の幻影の肉体は存在しない筋骨を軋ませながら、両手でキッドAの腰を掴んで、己が造った曼荼羅に囚われた、もう一人の巨大な半身の嬰児の牽引に加勢した。 「うんとこしょ、どっこいしょ。うんとこしょ、どっこいしょ。うんとこしょ、どっこいしょ。うんとこしょ、どっこいしょ」  先頭のキッドAは不思議な囃子を口遊む。 「うんとこしょ、どっこいしょ。うんとこしょ、どっこいしょ。うんとこしょ、どっこいしょ。うんとこしょ、どっこいしょ」  幻影の肉体を映した加藤も真似して声を上げる。 「うんとこしょ、どっこいしょ。うんとこしょ、どっこいしょ。うんとこしょ、どっこいしょ。うんとこしょ、どっこいしょ」  メアリーは祈りを中断し、加藤の幻影の腰を掴む。 「うんとこしょ、どっこいしょ。うんとこしょ、どっこいしょ。うんとこしょ、どっこいしょ。うんとこしょ、どっこいしょ」  戦線を離脱したダニー・ジュニアがメアリーを引っ張る。 「うんとこしょ、どっこいしょ。うんとこしょ、どっこいしょ。うんとこしょ、どっこいしょ。うんとこしょ、どっこいしょ」  さっきまで沸騰の弾丸となってキッドを邪魔していた精神たちが後続に繋がり連なる。 「うんとこしょ、どっこいしょ。うんとこしょ、どっこいしょ。うんとこしょ、どっこいしょ。うんとこしょ、どっこいしょ」  加藤は掛け声を張り上げながら、「コレって何のコールだったっけ?」と必死に思い出そうとした。
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