*真夜中に海がやってきた

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*真夜中に海がやってきた

 その夜の新生児たちを襲ったノヴァ急報は、それからも終わりなく続いた。一部の公表されない例外を除いた全ての新しい命に降り注いだ。人間種が子供の誕生を諦めるまで。防ぐ手立ても見つからず。  新生児ノヴァと時を同じくし、出産という祝祭に呪いを齎したのは、人間の母体や試験管から、犬や猫や羊や虎や蜥蜴や鰐、珍しくはマンモスの事例を含む動物種の赤子が多数生まれたことだった。最初の数例の報告を受けた各国各々の機関は、その同時多発な荒唐無稽な珍事が世界に混乱を招くことを懸念し、動物種出産の謎を解明する為、新生児ノヴァ現象と同じく死産として処理し、秘密裏にアニマルベイビーを回収し、行政管理の元で育児するプロジェクトを遂行させた。やがて動物種の外見であっても人間種の遺伝子が混在する特異事例は国家機密として隠蔽された。  人の口に戸は立てられぬ。の諺は正しく作用し、封印されていた都市伝説も新常識になった。数年前に世界各地に非常事態宣言を発令させたパンデミックが翳む、破滅のイントロダクションの不協和音が響いた。  深刻な問題はそれだけに留まらなかった。急激な海面上昇が報告されたからだ。観測グラフ上では新生児問題と比例するように、海がひたひたと陸地を侵食した。南極北極を始めとする凍土の融解の事例は見られず、海底地盤や地震プレート変動等の記録もなく、津波さえ起こっていないのに、海は真夜中に黙ってやってきて、多くの居住地を沈んだ世界として再編し、海抜の低い平地は衛星写真から消え去った。  人間は、新しき命を讃える事を奪われ、今在る命の住処を奪われた。現実が歪み、心が歪んだ。歪んだ心の大人たちは、歪んだ指導者に未来を委ねた。やがて戦争が始まった。戦争が終り、世界の終りが始まった。あの日のノヴァは人々の願望を野放しにした。その甘さに破滅が詰め寄った。 『東南西北戦争(トンナンシャーペー・ウォー)』と呼ばれた、全ての国家を巻き込んだ、激減した土地の奪い合いの為の世界戦国時代はその後十五年続いた。
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