*危険なヴィジョン

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*危険なヴィジョン

   時代遅れの白人至上主義者はアメリカ生まれだった。  幼い頃、グローバリズムの渦巻く街でいろんな色をした子供達から虐められた。よくある話だ。黒い暴力と黄色の陰湿を憎んだ。心の底から憎んだ。それは子供ながらの悪意不在のコミュニケーションの一種だとは割り切って理解出来なかった。憎しみが自己愛に変換され純白と純血を心から愛した。  やがて青年と成る頃には、白き誇りと価値観と、大いなる野望と、卑屈な精神を身に着けていた。人知れず白い三角頭巾と白いローブを身につけて秘密の部屋に集まった。Kの三並び文字の仲間たちと共に。そしてその白い瞳は見据えていた。  彼のこれからの危険なヴィジョンを。   当時の大統領は、正義と言う大義名分を理由に、各地に火種を起こした。莫大な軍事予算を継ぎ込み、アメリカを自由の国から欲望の帝国へと貶め、世界に反戦の嵐を巻き起こし、任期を待たずに退陣を表明した。彼の狐の尻尾に火が点いたから。  世界は、平穏な日々を取り戻す努力に勤しんでいた。だが、何の前触れもなく人類を悲しみの急報が襲った。忘れもしない無垢な新しい赤子の命が弾けた日。幾人もの母親が我が子との対面の代わりに、死に逝く星のノヴァの閃光を見ることになった夜。  早急な調査と究明で解った事といえば、臨月の普通分娩に限らず、帝王切開、早産、すべてのケースの胎児も爆発の可能性があるという事。年齢/国籍/人種問わず、すべての人間種に起こり、他の生物種には全く見られない現象という事。過去の文献にそのような事柄の記載も見受けられない。事態は日々を増す事に蔓延していった。やがて、すべての人類は悲劇を避け、妊娠/出産を避けた。回避手段は断種しか無かった。  あの最初の悲しい光りを見たダニーを始めとする全ての親に成れなかった者たちは叫んでいた。理解の出来ない不条理に。誰も消えた子供の行方を捜してはくれない。でも確かにあの子の声を聞いた。あの子は死んじゃいない、消えただけ。叫んでも、叫んでも、この声はあの子には届かない。やがて叫ぶのをやめた。悲しみに明け暮れ、日々衰弱してゆく愛する残された者の為に現実と向き合った。  静寂を打ち破り残された者たちを引き裂いたのは、白人至上主義の男だった。彼の名は『アルビン・チャップマン』。過去の墓穴掘ったトランプマンより白塗りな、退陣する前任者の意志を継ぐ極右の大統領候補だった。知らぬ間に深海から浮かび上がって来た無名の彼の選挙戦は圧倒的に不利だった。しかし子供が生まれてこない現実は人々の心を蝕んでいた。次第に彼の政策に同調する愛国者が増殖した。それに拍車をかける様に敵対する異国の元首は「この子供のいない世界は大国が神聖な土地に唾を吐いた暴挙に対する神の審判」だと、間抜けな声明を出しアメリカを非難した。消えた子供の追悼に慈しむ大半の国民はそれを気にも止めなかったが、白人至上主義はこれを利用し反旗を翻した。  アルビンの暗躍と闇の暴走が始まった。  人知れず、白愛主義者と深い地下で鉄の夢を見ていた残党が、手を結んだ。秘密の部屋の白頭巾の横に鉤十字の腕章が並んだ。  この十五年間で最も罪深い悪魔に近い男がその指揮をとった。  そして戦争が終わって一年経った今でも、アルビンはその玉座を誰にも譲ろうとはしない。肉体を失ってかなりの時間が過ぎているのに。
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