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戯れ
「お前は、自分が犬であることを気にしているようだが、私にとってそれは些末なことだ。狼であろうが犬であろうが関係ない。大切なのは、番になった相手が信頼できるかどうかだ」
「……グラング」
「お前は小さな身体で、私の発情によく耐えてくれている」
王の言葉には、人を見た目や種族だけで判断しない寛容さがあった。狼族の頂点に立つ人らしく、聡明さと慈悲深さも感じられる。
憧れの眼差しで見あげると、グラングは優しく微笑んだ。
「こんなこと、誰にも言ったことはないのに。ここに連れてきてしまったから、つい色々と喋ってしまった」
話す相手の口の中に、違和を感じて、ロンロは中をじっと見つめた。
上顎に大きな傷がある。
「グラング、あの、口の中に穴が」
「ああ」
グラングがロンロによく見えるように、口を大きくあけた。
「十三の戦の時に、矢で射られたものだ。運よく後頭部に鏃が抜けて、死ぬことはなかったが。十日ほど意識がなかった」
「そうなのですか」
聞いているだけで、寒気がくる話だった。
「僕も、傷は身体にいっぱいあります。ふさがっても、いつまでも痛みが残っているものもあるから、雨の日はジクジクするんです」
幼いときから鞭で打たれたり、蹴られて骨を折ったり傷は絶えなかった。そのことを伝えると、グラングは不快そうに鼻に皺をよせた。
「そうか。では、ずっと戦ってきたのだな、お前も」
そして、静かにささやいた。
「痛みを共有できるオメガでよかった」
耳や頭をクンクンされて、ロンロも目を細める。
「お前は可愛い」
愛おしくてしょうがないというように、顔を舐め回す。ロンロは生まれてから一度も他人に可愛いと言われたことがなかったので、不思議に思ってたずねてみた。
「グラングは目が悪いのですか?」
「何?」
王が舌をピタリととめる。
「だって、僕みたいなブサイクのことを、いつも可愛い可愛いって……」
「……」
グラングは困惑したように、じっとロンロを見おろしてきた。その顔はいささか怒っているようにも思えた。もしかしてものすごく失礼なことを言ってしまったのか。
「王に向かってそんなことを言ったのは、お前が初めてだ」
「す、すみません」
やはり無礼なふるまいだったのだ。
しかし、ロンロが慌てると、グラングは面白そうに笑った。
「お前は嘘がない」
そして前足でロンロの身体を転がした。コロンと裏返り、腹を見せる恰好にさせられる。
「まあいい。上辺だけ綺麗な言葉を吐いたり、取り繕ったりするオメガが私の妃でなくてよかった。お前といると、私も素になれて楽しい」
そして、今度は腹をペロペロと舐めてきた。
「く、くすぐっ……たい、ですっ」
「またいい匂いがしてきたな」
グラングはロンロの性器を見つけると、そこにパクリと噛みついた。
「あ、ん、やだっ」
キャインと身を跳ねさせる。けれどその気になってしまったグラングは離れてくれない。
朝日が昇る温かな丘の上で、ふたりは獣の姿のまま、長い時間じゃれあってすごした。
◇◇◇
グラングはいつも優しかった。
ロンロのことを大切に扱い、たくさんの贈り物をくれて、あいた時間があれば居室まで様子を見にきてくれた。
けれどグラングがロンロを大事にすればするほど、王宮の中では家臣や司教らと王の間に、修復不可能な亀裂が生じている様子だった。
――薄汚い奴隷犬。泥棒犬。
――犬の分際で、狼の上に立てると思っているのか。
陰口が耳に入るたびに、自分はここにいないほうがいいのではと悩んでしまう。しかしどうしていいのかわからない。グラングは王の権限で、ロンロのことについては誰にも口を挟ませなかった。
ただひとり、司教を除いては。
司教は色々と理由をつけて、結婚式を引き延ばそうとした。やれ式典用の蝋燭が届かないだの、衣装が間にあわないだの、聖堂の補修が始まっただの。
そしてついに、ある日、グラングと司教は真っ正面から衝突した。
「虹の首飾りは、建国以来、正妃のために使われてきた儀式用の品です。それを、犬との婚礼に使うことは許されませぬ!」
「虹の首飾りは王家が保管している。教会が口出しすることはできない」
家臣らとの会議がひらかれている広間の、扉の前をちょうどロンロが通りがかったときに、中から大声が聞こえてきた。
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