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 ロンロは隣にいたララレルと共に足をとめた。 「代々、この国の王妃の首にかけられていた品を、汚すのはおやめ下さい」  扉のすみに身をよせて、ララレルと耳をそば立てる。王はそれに冷静に答えた。 「なぜ、汚すことになるのか。ロンロは私の運命の番である」  部屋の中の会話が途切れる。これ以上の言い争いは不毛だというように、しばらくして司教や家臣の数人が扉から出てきた。ララレルとロンロは急いで近くの柱の陰に隠れた。 「王は気が触れていらっしゃる」 「誠に嘆かわしい。一体どうしたらあの犬を処分できるのか」 「……」  司教がわずかに押し黙る。そして低く唸るように言った。 「王には、きちんとわかってもらわねばならない。これがどれほど、愚かなことなのか」  そして、気味悪いくらいの暗い表情で、司教らはその場を去っていったのだった。 ◇◇◇  自分の居室に戻ったロンロは、椅子に座って考えた。  グラングはどうしてあんなにロンロと結婚したがるのだろう。  ロンロと自分の国とどちらが大切か。そんなこと、考えるまでもないことなのに。  運命の番が、誰をも不幸にしてしまうのだとしたら。 「……いないほうがマシなんじゃないかな」  ぽつりとこぼす。番を解消するには、どちらかが死ななければならない。けれど、ロンロには自ら命を絶つほどの度胸はない。それに自死は最良の方法とは思えなかった。きっとグラングを悲しませる。 「どうしたらいいのかな」  ない知恵を絞って考える。運命の番は、フェロモンで嗅ぎわけられる。グラングも初めて会ったとき、ロンロのことを他のオメガとは全く違う、よい香りだと言った。だったら、この匂いさえなくなれば、グラングはもうロンロに惹かれることはないのでは。ロンロは幼い思考で考えた。 「ララレル」  隣で菓子を貪る従者に呼びかける。 「何?」 「ちょっと、考えたんだけれど」 「何を?」 「運命の番を、解消する方法。手伝ってくれない?」  そう言うと、ララレルは「何なに?」と興味津々に近よってきた。 ◇◇◇  夕刻になって、グラングが一日の政務を終えてロンロの居室にやってきたとき、部屋の前は大騒ぎになっていた。 「これは一体……うっ」  侍女や従者が集まり始めている。ロンロは部屋の真ん中に立ち、王が現れるのを待っていた。 「なんだこの匂いは」  グラングが顔をしかめ、手で口元をおおいながら部屋の戸口に顔を見せた。 「ロンロ、お前か」 「はい、グラング」 「何がお前に起きた?」 「僕の体臭が、変わってしまったようなのです」 「何?」 「今朝から、体調が優れませんで、それで、どうしてか、こんな体質になってしまいました。だからもう、運命の番ではないと思います」  部屋中に異臭が漂っている。それは、ロンロの身体から発していた。 「どうか、もっとあなたにふさわしいオメガを探しにいってください」  グラングが匂いのきつさに涙目になりながら、一歩近づいてくる。 「これは、酢、腐った卵、魚を発酵させたものに、カメムシか……」  グラングの鼻の正確さにロンロは驚いた。確かに、それらをララレルと一緒に混ぜて、身体に塗りつけたのだった。 「馬鹿なことを。こんなものでフェロモンが消えるものか」  グラングがロンロの前までくる。 「司教らの悪口に屈したのか、それとも本当のところは私のことなど嫌いで、毎晩抱かれるのが嫌で、こんな真似をするのか、どっちだ」 「……え」 「本当のことを言え」 「……グラング」  ロンロは答えられなかった。  優しいグラング。  ここにきてからずっと、ロンロのために沢山の居心地のよい物を揃えてくれて。王妃として迎えるために、腐心してくれて。こんな貧相な雑種の自分のために、家臣らを敵に回して。  そんな人のことを、嫌いなわけがない。むしろ、すごく――運命の番という理由を抜きにしても――いつの間にか、好きになっていた。  見た目も美しく逞しい白金の狼王。  こんな素晴らしい人が、自分にふさわしいわけがない。 「どちらも、本当です」  嘘をついた。  悪口なんて、慣れている。屈してなんかない。  それにグラングのことは大好きだ。けれど好きだからこそ、グラングには幸せになってもらいたい。  運命の番が自分でも、グラングを幸せにできる相手は、自分じゃないのだ。
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