和解

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和解

「ロンロ」  王が暗い目をして呟く。 「私は王の森で、お前は嘘がないから好きだと言った。そのことを覚えているか?」 「……」 「私は嘘を見抜くことができない。人の表情を読み取る力に欠けているのだ。だから今、お前が嘘を言っているのか、本当のことを喋っているのか判断がつかない」 「グラング……」 「お前は、本気で私が嫌いなのか。毎晩嫌々、抱かれていたというのか」 「……」  ロンロは自分の悪臭に吐き気をもよおしながら、重い口をひらいた。 「そうです」  答えた瞬間、グラリと身体が傾ぐ。  強烈な匂いにあてられて気分が悪くなったのだ。意識が遠のき、バタリと床に倒れこんでしまう。 「ロンロ!」  助けに来てくれたのはララレルだった。他の者は皆、匂いがきつくて近よれなかった。 「あ……」  ララレルに抱え起こされて、ロンロはグラングを見あげた。王の顔は真っ青で、失望が広がっていた。 「ではお前を自由にしてやろう。今すぐ、故郷へ送り返してやる」  そうして手を伸ばすと、なぜかララレルの腕を掴んだ。ロンロではなく従者を無理矢理立ちあがらせ、入り口まで引っ張っていく。 「運命の番など、もういらん。私はどうせひとりだ」  王の行動に、皆が驚いた。 「陛下!」  廊下にいた老学師がグラングに近づいていく。そして彼の前に立ち、行く手を阻んだ。 「陛下、おしずまりください」  王の腕にそっと手をあてて、耳打ちする。 「その者は、ロンロ様ではございません」  グラングの眉が、ピクリと持ちあがった。腕を掴まれていたララレルは、ビックリした顔で王を見あげている。  グラングは一瞬だけ、瞳を宙にさまよわせた。何か、自分の犯した間違いを探るかのように。眼差しはいつもとちがい虚ろだった。  それからララレルの腕を放すと、ひどく不機嫌な顔をした。  部屋の中を再度見渡すようにし、怒りを抑えた声音で命令する。 「皆、ここを出ていけ」  一言だけだった。けれど、それで部屋の入り口にいた十人ほどが、黙って扉から離れていった。グラングの前にいた学師も、ララレルを連れて最後に部屋を出ていく。残されたのは、ロンロだけになった。 「……グラング?」  白金王は、ロンロに背中を見せたまま動かなかった。  ロンロはふらつく身体を引き起こし、グラングに一歩近よった。 「もしかして……グラングは、目が、……見えないの?」  グラングは答えなかった。  静かな沈黙が部屋に満ちる。王は威厳をもって佇んでいたが、やがて大きく息をついた。 「――見えぬ訳ではない」 「……え」 「ものの形を認識できないのだ。色も、大きさも、モザイクのように壊れている。そして見るたびに形を変える。十三のときに、頭に怪我を負って以来、この狂った世界の中で生きている」  彼の声は冷静だった。 「このことは、国民にも、他国にも秘密にしている。白金王の目が壊れていると知れたら、近隣諸国が不穏な動きを取るかもしれないからだ。けれど嗅覚と聴覚は研ぎすまされているし、事情を知っている側近だけはいつも近くで手助けするから、見えている振りもできていた」  ロンロには後ろ姿を見せたまま喋り続ける。 「お前には、どう伝えようかと迷っていた。白金狼がこんな姿でと、落胆されたりしたらやりきれなかったからな」 「そんな、そんなこと、思ったりしません」  ロンロはグラングに駆けよった。そして、背中を抱きしめた。 「ごめんなさい。ごめんなさい、グラング。僕は、僕は……っ」  腕を前に回して、ギュウッと力をこめる。 「嘘をついてごめんなさい。本当はそばにいたいんですっ、あなたのことが好きなんです。けれど、……だって、僕がいると、グラングが困るからっ」 「ああ、やっぱりそうだったのか」  グラングは、ロンロの小さな手を上から握ってきた。 「では、お前は、私に抱かれるのは嫌じゃないんだな」 「嫌じゃないです。全然嫌じゃない。すごく気持ちいいです」  ロンロが正直な気持ちを告げると、グラングはやっと安心したように笑った。 「私もお前のことが好きだよ。可愛いロンロ」  首を傾げて後ろを振り返る。  その笑顔は、安堵と愛情に満ちていた。
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