発情

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発情

「せめて発情すれば、客もついたのにね。お前、ホントにオメガなの?」  そうたずねるララレルは発情期をとっくに迎えたオメガで、首には革のベルトがはめられている。  これは、うなじを不用意に客に噛まれないようにするためだった。オメガはうなじを噛まれると、その相手と番が成立してしまう。だから番のいないオメガは大抵、身を守るために首輪をしていた。 「ちんちんの形はオメガだって、ここのご主人様に言われたけど」  ロンロにも一応、首輪がつけられている。全く無用の長物と化しているのだが。 「ホントはベータなのかもね。まあ、どっちにしろ不細工」  ララレルが手をひらひらさせて、次の客を呼びよせる。順番待ちをしていたうちのひとりが、舌をハッハッとさせて駆けよってきた。  客と一緒に仕事部屋へと入っていくララレルを見送り、また壁にもたれかかったロンロは、ふと、何か不思議な匂いを感じ取って、鼻をクンクンさせた。  何だか刺激のある甘い香りがする。嗅いだことのない、鼻腔を突き抜ける奇妙な香りが。  そのとき、娼館の入り口扉が大きな音をたててひらかれた。 「狼族が街にやってくるぞ!」  この館の主である太った親父が、叫びながら中に入ってくる。 「北の山脈を越えて、平原に入ったらしい。早烏がしらせてきた。すぐにここにくる」 「何だって? 平原は遙か彼方だぞ」 「狼族の足の速さを知らんのか」  館主は急いで建物の奥へと走っていった。 「オメガを集めろ! 地下二階の倉庫に隠せ!」  廊下に並んだ扉を順番にあけて、仕事中の男娼たちからオメガだけを選んで連れ出す。 「領主はオメガを差し出せと言うだろうが、そうはいくか。大事な商売道具を取らてたまるかい」  ララレルも半裸の恰好で、客から引き剥がされて出てきた。何が起こっているのかわからないといった顔で、他のふたりのオメガと共に、階段へと背を押される。 「おい、ロンロ、お前もオメガだろ。こっちへこい」  館主に引っ張られて、ロンロも一緒に階段をおりた。 「お前が狙われる心配はないだろうが、万一、狼族に見つかったときは、お前だけが部屋から出てこい。それで奴らをごまかせ。他の三人は藁の中に隠れてろ」  地下二階は真っ暗で、奥にかび臭い倉庫がある。そこに四人は押しこめられた。 「白金狼のフェロモンは強力で、犬なんか狂い死にするらしいが、いいか、何があっても声を立てるな。苦しくても絶対に騒ぐんじゃないぞ」  そう言い残し、館主は外から扉に鍵をかける。真っ暗な中で、四人は身をよせあった。 「……変な匂いがする」  男娼のひとりが怯えながら言う。 「苦しいよ、この匂い。甘すぎて吐き気がする。喉が痛い」 「白金狼って、北の狼国の王様だろ?」  ララレルが袖で鼻と口を押さえているのか、こもった声で言った。 「だったら、すっごい金持ちなんじゃないの? 運命の番を探してるって言ってたけど、もしも選ばれたら、めちゃくちゃ贅沢な暮らしができるんじゃない?」 「何言ってるんだよ、ララレル、発情期の狼なんかに犯されたら、僕たち犬は抱き潰されるどころじゃないよ、死んじゃうよ」  もうひとりが泣きそうな声で答える。 「怖いよ、怖い。狼なんて大嫌い」 「俺は怖くなんかないね、王様ってどんな姿をしてんだろ、恰好いいのかな」  ララレルが平気そうな声で言う。けれど彼の背中に触れていたロンロは、その背筋が小さく震えていることに気がついた。  匂いがどんどん強くなっている。息苦しくてむせかえるほどのきつい芳香だ。吸いこむと肺から胃から、煮えるように熱くなっていく。ロンロも全身が震えだした。  今まで発情期を迎えたことのなかった未熟な身が、どうしたわけか、この香りには反応する。痺れるような、濃厚な香り。官能というものを全く知らないロンロでさえも、強制的に情欲を引き出されるような――。  ドクン、と心臓が大きく鼓動した。  同時に、身体中が寒気に襲われたかのように痙攣し始めた。手足がぶるぶるとわななき、息が苦しくなる。腸がひっくり返るように暴れ出す。そして血が全身を駆け巡り、汗が大量に噴き出してくる。 「――あ」  発情だ。  ヒートがやってきたんだ。  生まれて初めての、発情が――。  けれど、これはきつすぎる。  全神経と、肉と血が、いっせいに性に目覚め狂い出す。こんなの、頭がおかしくなってしまう。  暗闇の中、他のオメガたちも呻き声を立て出した。白金狼のフェロモンが、まるで毒のように身を侵し始めている。全員、身をよじり首をかきむしり手足をバタバタさせた。 「欲しい……欲しいよ、犯してよぅ……こんなの、イヤだあ、苦しいよ……っ」  床を転がりながら泣き叫ぶ。ロンロは自分の後孔から、なにかが流れ出すのを感じた。トロトロとした感触は、発情に伴って発生するオメガ独特の体液だ。身体が勝手に、犯される準備を始めている。
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