王の気持ち

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王の気持ち

「今ごろ気づいたのか」  そうしてテーブルにのった焼菓子の皿に手をのばす。お気に入りの杏ケーキをつまみあげると、パクリと口に入れて行儀悪くモグモグしながら言った。 「だってどう見たってお前より、俺のほうが断然王妃にふさわしいじゃん。だから様子をうかがって王様に俺を売りこもうと考えてたってわけよ」 「へぇぇ。そうだったんだ」 「てかホントに気づいてなかったのか」 「ララレルって親切だなあって、ずっと思ってたよ」 「馬鹿とお人好しは紙一重って言うけど、お前はホントそうなんだな」 「ええ。僕ってお人好しかなあ」 「そっちかよ」  呆れた言い草にも、ロンロは怒りはしなかった。自分が間抜けだという自覚はあるからだ。 「僕がこの城で、何とかすごしていられるのは、ララレルが一緒にきてくれたおかげだよ。ひとりだったら今ごろ怯えて泣き暮らしてたよ」  本心からそう言うと、ララレルがちょっとしょっぱい顔をする。甘い菓子を食べているのに。 「……まあ、お前は昔っからそういう奴だったもんな。俺は売れっ子男娼で、周りからはちやほやされてたけど、あいつらが陰で馬鹿にしてるのはわかってた。しょせん男娼だし。けど、お前だけは違ってた。いっつも憧れの曇りない瞳で俺を見てくれてたっけな」  手にしたケーキを見つめつつ呟いた。 「ふん。しょうがないから助けてやるよ。お前、頼りないしな。けど、俺だってラクして幸せになりたいから、王妃の座はこれからも密かに狙うかもだぞ」 「うん。きっとララレルのほうが王妃様に向いてるよ。頑張って」  無邪気に応援すると、「こいつやっぱ紙一重だ」と眉尻を下げる。  そうしてふたりでアハハと笑いあった。  ララレルのおかげで、気分が少し楽になる。やっぱり持つべきものは友人だ。ロンロもララレルの横にこしかけて、ケーキをひとつ手に取った。  娼館暮らしのときには決して口にすることのなかった甘い菓子を一口かじり、いつも優しいグラングの顔を思い浮かべる。 「……グラングは、僕のことを、どう考えてるのかな」  ふと思いついてそうもらした。 「どうって?」 「こんな、厄介なオメガが運命の相手になっちゃってさ。フェロモンにあてられて視界まで歪んじゃって。これじゃあ、詐欺だよ。結婚詐欺みたいなもんなんじゃない」 「まあそうだよな。王様は、お前自身を好きになって求婚してるわけじゃない。運命に、悪い魔法をかけられてるようなもんだからさ」  話しているだけでドンドン落ちこんでくる。ここに自分がいることが、間違っているとしか思えなくなってきた。 「王様に直接きいてみ? 『ボクのこと、ホントはどう思ってるんですか』って。お前ら毎晩やりまくってんのに、そういう話はしないの?」 「……したことない。いっつもベッドに入ると五回ぐらいして、僕が疲れはてて寝落ちするから」 「王様どんだけガッついてんの」   スゲーとちょっと羨ましそうな顔をする。 「とにかく、お前が悩んだってしょうがないことなんだから。狼の事情は狼たちにまかせとけばいいさ」  そう言って、もうひとつケーキを手に取った。 「そうだね……」  自分にできることは何もない。ロンロはララレルに賛同して頷くしかなかった。  その夜、ロンロは消沈したままグラングを迎えた。 「可愛い私の番。今日は何をしてすごしていた?」 「はい。学師様と字の勉強をして、それから行儀作法を習いました」 「そうか。よく頑張ったな。ほうびは何が欲しい?」 「いえ。もう、たくさん、色々といただいているので。これ以上はいりません」  飾りのついたヴェールをフルフルと振って答える。 「無欲なことだ」  王は穏やかに微笑むと、ロンロを横抱きにして寝床へと運んだ。ふわふわのベッドにおろされて優しくキスをされる。  グラングは昼間の諍いについては何も言わなかった。というか、王は政治的な話はロンロに全くしない。話してもわからないと思っているのか、それとも心配をかけないように気遣ってくれているのか。  ここにきてから毎日、グラングは昼間は忙しく執務をこなし、夜になると待ちかねたとばかりにロンロの所にやってきて早急に押し倒してくる。そして疲れて寝てしまう。だから会話も必要最小限で一日の報告をするくらいだ。  今夜も同じ状態で、互いに身を近づければフェロモンに誘惑されて、難しいことが考えられなくなりあっという間に行為になだれこんでしまった。  ドロドロになるまで愛されて、意識を失う。  広いベッドの中で目を覚ましたとき、時刻は明け方になっていた。 「……あれ」  ベッドには、ロンロしかいなかった。
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