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「………っ」
その場にいる誰もが息を飲む。
色気のある、いっそ艶かしいと表現した方がいいような綴の柔らかい声。元々は硬質な少年の声で歌われていたこの歌を、奏司が奏でる少し大人の雰囲気の音に合わせて綴がガラリと変えてきた。
「…綺麗」
思わず呟いたのは発だった。豊は言葉もなく二人を見つめている。
本当の天才はどっちだ?
奏司は心臓がバクバク高鳴るのを全身で感じる。辛うじて演奏の手を止めないでいるが鳥肌が立つ程の高揚感は増すばかりだ。
本当はずっと思っていた。
『自分の音で藤音綴に歌って欲しい』
綴のために武市の音を完コピすると決め、ずっとChristの曲を聴いていた時から、武市の音を練習していた時から、『今の藤音綴にならこう歌って欲しい』という欲求に近い音が奏司の中に在った。
奏司が出会ったのは二十歳の綴で、奏司が話して、触れて、好きだと思ったのは今の綴で。
一緒に組みたいと思ったのは、今の藤音綴だったのだから。
「あ、ごめん」
綴の声が途切れる。奏司が我に返ったようにギターを止めた。
「ちょっと今のトコもう一回歌いたい」
綴も『今』を歌っている。奏司にダメ出しするだけではなく自分も謝った。
「はい。じゃあちょっと前から」
「うん」
「ここ走りたくないので、ちょっと押さえます」
「合わせる」
いつの間にか二人の息が合って、実際に曲を作っているような雰囲気になっている。多分もう奏司も綴も、発や豊が居ることさえ忘れているだろう。
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