出会い

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別になんてことない。よくある話。 ろくでなし親父が、娘名義で借金をして逃げ出した。こちらは娘をソープに売って借金返済。そんな出会いだった。 「湊あかりさん? 」 爪先で弾くだけで穴が開いてしまいそうな煤けたアパートの床は、朝日に照らされても、そこらに転がっている木の方がよっぽど新しく感じた。足に体重をかければ、そのまま床下にめりこんでしまいそうなほどの床の強度が、歩く度に音を立てる。 このアパートに無音で入り込む事は幽霊以外は無理そうだ。 「……そうです」 子分の(じん)の問いかけに反応し、20センチほどの隙間から女の顔が覗く。ロン毛の金髪、ガタイの良い仁と、仁の兄貴分で坊主頭に剃り込みの入ったタカヤ。光沢のあるスーツとサラリーマンではあり得ない容姿に、女の目に諦念が浮かび始めた。 人は見た目が9割などの言葉があるが、ヤクザの為にある言葉だと思う。見た目で恐怖心を煽り、黙らせる事が出来れば、こんなに楽な事はない。 「……はいはい。ちょっと失礼しますよー」 20センチの隙間にごつい手を滑り込ませ、仁が薄っぺらな扉を開くと2、3歩女が後ろに下がる。この時点でワーキャー喚き、髪を振り乱して泣き叫ぶ女が多い中、声ひとつ漏らさない女の落ち着いた様子に少しだけ興味を持った。 パーカーにデニム。伸ばしっぱなしと言った方が似合う様な黒髪に、揃えた前髪から仁でもなくタカヤでもなく俺を一心に見つめる強い瞳。 「あんたが親玉なんでしょ」とばかりに蔑む様な目が、俺を喜ばせる。泣いて抵抗しようとも、風俗に売られていく女達の最後の灯火が嫌いじゃない。 部屋の中に入ると錆びれたキッチンが右手に、奥には擦り切れた畳が二間が見える。ちゃぶ台と呼ぶに相応しいテーブルに腰を下ろし、足を組んで胸ポケットからタバコを取り出す。 女は立ち尽くし力無く俺を見下ろしながら、俺の指先がタバコを口に運ぶ姿を魂のこもらない目で見ていた。デュポンライターを胸ポケットから取り出して、キィンと金属音を甲高く鳴らせて火をつける。真っ直ぐに煙を吐き出すと、女の顔にモヤがかかり、煙が消えてまた女の顔がはっきりと見えた時、女はまだタバコに目を向けていた。 「あかりちゃん? 借りたお金返して欲しいんだけど」 人形の様に冷めた女の顔にタバコの煙を吐きかけて、ようやく本題に入った。煙は女の顔を器用に避けて、魂を取り戻した女が口を開く。 「私は……借りていません」 もうこちらを見ない女は目を逸らしたまま静かに答えた。タバコの煙が僅かに鼻について、すんと息を吸い込んでからお決まりの言葉を告げる。 「借りてないじゃ通らないのよねー。ちゃんとここに、あかりちゃんのサインがありますー」   タバコを口に咥えスーツの内ポケットに手を入れて紙を取り出す。ガサガサと紙を広げ、女の目の前に差し出した。 「おとーさんね。お金借りまくってて、ちょこーっと僕たちみたいな危ないお兄さん達からもお金借りたみたいでー、それをぜーんぶ、あかりちゃんに押し付けたみたいなのよねー」 口にタバコを咥えたまま長文を話したせいか、タバコの灰がボロボロと落ちる。軽く灰を叩き落として借用書を雑に畳み、内ポケットにしまった。女の顔は歪む事はなかったが、瞬きが増え、諦念が色濃く見えた。 「総額1200万」 俺はタバコを口に咥えたまま両手を出し、右手の指を1本、左手の指を2本立てて1200万を表現した。ピースサイン越しに女の顔を覗き見る。大体の人間はもうここで泣き崩れる。
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