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「そんなお金はどこにもありません。ファミレスで働いている身なので」
俺の指先に少し目を向けたものの、女はまた俺から目を逸らして低く抑揚のない声で呟く。
「だいじょーぶ。あかりちゃんみたいな可愛い子なら、いーっぱい稼げるお仕事紹介してあげられるから」
俺は女の腕を掴んで、無理やり跪かせた。女の痩せた体は簡単に床に這いつくばって、声一つ上げずに跪く。
タバコをちゃぶ台の上で押し消して、顔を掴み、息のかかる程の距離で女の顔を見定めた。
「あかりちゃーん。なかなか美人さんだから、ソープでいけるかも。お兄さんが早く返済できる良いお店紹介してあげるよー」
ぱっと女から手を離すと、女は少し目を見開いてまた目を逸らした。そして絞り出す様に声を出す。
「……ソープ……ですか」
女の僅かな表情から諦念が絶望に変わった事を確信して、俺はまた胸ポケットからタバコを一本取り出した。
「じゃぁ、行こうか。ある程度の荷物まとめてねー。ここは引き払っちゃうし、逃げないように寮に入ってもらうからさー」
もう立ち上がる気力もないかと思っていたが、女の細い腕を掴むと、俺に何の負荷もなく女は自分の足で立ち上がった。
「おい行くぞ。リキヤ達に連絡して、ここの片付けさせろ。俺は川崎に話付けるから」
「分かりました」
タカヤと仁が動き出すと、女はまた他人事の様にタカヤたちを目で追った。タカヤ達が外に出ると女は冷蔵庫やレンジのコンセントを抜いて、ブレーカーを落とす。
「……ブレーカー落とすって。あはははは。すけーな」
ソープに売り飛ばされる女が、連れ去られる前にコンセントを引っこ抜く姿に少し笑えた。
「あかりちゃんは、全然取り乱さないんだね。みーんな泣き叫んで大変なんだよ」
俺はまた、ちゃぶ台に腰を下ろしタバコに火をつけた。煙を吸い込んで吐き出す数秒ほど間を置いてから女が呟く。
「……覚悟はしてました。取り立て屋さんに言われていたので……」
初めて感情の色が見えた顔を見せるも、すぐにまた女は閉ざされた表情に戻る。
冷蔵庫の中はほとんど空っぽで、女はゴミ袋に食材を放り込んでいく。
死にゆく自分の後始末をするかの様に、女は淡々と作業をしていた。
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