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スモークの貼られた車内から外を見る。空の青さはもう見えなくて、慣れない陽射しに目を細めた。自然を愛する習慣などないくせに、少しだけ遠い空が名残惜しくなった。
女のアパートからソープまでは30分ほど。大抵の女はこの間ずっと泣いているか、どうにかならないかと最後に悪あがきをする。
何も言わない女のせいか無音に慣れない気まずさがある訳でもないのに、気付けば女に名司会者ばりに質問をしていた。
「……何も思わないの? どうしようもない親父のせいでソープだよ? 何一つ抵抗もなくどういう感情? 」
足を組んで体は窓の方に向けたまま、僅かに顔を女の方に向け、女の感情が湧き出す事を期待した。
「……悲しいとは思ってます。ずっと苦労してきて、挙げ句の果てに身に覚えのない借金も背負わされて……でも、それも運命。どうせ逃げられないのならば、泣いても無駄だから。ただ……何にも屈したくない……それだけです」
女は手を膝の上で組んで、背筋を伸ばし、前を向いたまま答えた。言葉を選んでいるようにも思えて、その選ばれなかった言葉達にどんな意味があるのか無表情の女の顔を探った。
「屈したくないね……。ふぅん。格好いいねぇ。それがいつまで持つか楽しみだわ」
虚ろう空気に少し苛ついて、タカヤの座っている助手席を後ろから蹴りつけた。
「一つ……お願いがあるんですけど」
しばしの沈黙の後女が口を開く。俺の顔を見る事もなく、喉を詰まらせる様に話し出した。
「何? やっぱり怖くなっちゃった? そうは言っても……」
女の言葉に思わず笑いがこぼれるも、俺の想察と言葉はすぐに遮られた。
「私、処女なんです。だから……お兄さんが私の処女もらってくれませんか? 」
女は背筋を伸ばしたまま、顔だけを俺に向けて、強い意志のある濃い瞳で俺の目を見ていた。表情は変わらず冷めているのに、凛とした雰囲気すら感じた。
ソープまでの道のりは一度、繁華街を抜ける。大手を振って女を買う男はなかなか居ないのだろう。安い風俗ならまだしも高級ソープに行く男は大抵、地位や名誉があるやつが多い。
繁華街も昼は息を潜める様に姿を隠し、ネオンが色づく時、女達はオスを引き寄せる為に着飾ってフェロモンを振り撒き、夜の蝶になる。
まだ早朝。無垢な隣のサナギは殻を破る。
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