小さな願い

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車に乗せられた私は、逃げないと決めていても、決して明るくは無い未来に怯えていた。 車の中で自分の手をぎゅっと握りしめた。爪が食い込むほどの痛みは遠い昔、記憶にある。 「……何も思わないの? どうしようもない親父のせいでソープだよ? 何一つ抵抗もなくどういう感情? 」 男の意外な問いかけに、私はちゃんと平然を装えているのだと知った。 「……悲しいとは思ってます。ずっと苦労してきて、挙げ句の果てに身に覚えのない借金も背負わされて……でも、それも運命。どうせ逃げられないのならば、泣いても無駄だから。ただ……何にも屈したくない」 父への恩で覚悟を決めたのに、自分を奮い立たせる為に必要な言葉は意味を曇らせる。 乗せられた車から外を眺めて、浮ついた心を鎮めさせた。   この先、誰かと普通に恋をする事はないのだと流れて行く景色を見ながら考えた。こんな時に、何を考えているのだろうかと少しだけ笑えてきて、父と2人で住んでいた町の景色が、息をする間も無く消えていった。 一度救われた命。この体はどうなっても良いと思ったはずなのに、心は何かにしがみ付きたくなっていた。 窓に映る男の姿が、捨てたはずの私の心を拾い集める。自分のもので無くなる体が訴えかけてきて感情が込み上げてくる。 この体を見知らぬ男達に(さら)し続けてもいい。もう心は持たないから、初めてはこの人に抱いて貰いたいと思った。ヤクザの男の熱にあてられて私は無謀にも口を開く。   「……私の処女をもらってくれませんか? 」 その言葉には本音と私の僅かな抵抗が入っていた。馬鹿なことを言うなと罵ってくれて構わない。気持ちが悪いと軽蔑してくれて構わない。 人を見下していて冷たい瞳の男の人。 優しさなんて貰ったら、逃げ出してしまいたくなるから。その蔑んだ目を止めないで欲しいと願った。 恥をさらけだし、こんな言葉を投げかけたのは、最後にあなたが私を見てくれる理由があるだけで構わないと思ったから。 この場所に戻れないのならば、自分の心に芽生えた望みを最後に咲かせてあげたいと思った。
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