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「あら? 千尋くん。今日は珍しい服装なのねぇ」
この街で1、2を争う程の高級クラブのママが俺の服装を見て、珍しい動物でも見た様に顔を緩ませて笑う。
「ちょっと野暮用で。俺の趣味でも無いし、もう着替えるから、そんな目で見ないで」
リキヤからスーツを受け取りながら、車で着替えれば良かったと後悔する。店内に入ると真ん中には赤いカーペットが敷かれ、それを挟む様にガラスのテーブルと黒い皮のソファーが並べられている。天井からは極寒の地の氷柱の様にシャンデリアが垂れ下がり、右手側には真っ白なグランドピアノが置かれている。
「あら。私は好きですよ。スーツとはまた違った色気のあるお姿で」
ほほほ。と口元を押さえながら、グランドピアノを通り過ぎると黒服がVIPルームの扉を開ける。ママがボタンを押すと、VIPルームのガラスがパッと曇りガラスに変わる。
会長の代から御用達のクラブのママは50近くになる。今も色気も若さも全く衰えていなくて、会長の愛人だったであろうママには舐めた口は聞けない。
通された部屋で、忌々しい胸の開いたニットや、蹴るには便利そうな先端の尖った靴を早々に脱ぎ捨てる。
「千尋くん。入っても大丈夫かしら? 」
スーツのズボンのチャックを上げたタイミングでママがノックをする。隠しカメラでもあるかの様なタイミングで顔を見せるママに、背筋が思わず伸びた。
「女の子はどうなさいますか? 」
「タカヤ達が来たら話するんで、リキヤ達は違う部屋で遊ばしておいて貰えますか」
「分かりました。とりあえず一杯だけお作りしますね」
ママが店の女に合図をすると、着飾った女達がリキヤ達をもう1つのVIPルームに連れて行く。言うまでもなく全て段取りがしてあった様で、ヤクザの愛人を長年していた人は察しがいい。
ゆっくりと上品な手付きで酒を作り「ごゆっくりどうぞ」と頭を下げてママは部屋を後にする。
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