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漆黒に染まった夜の海は光を嫌い、沈黙を続ける。波音が嘆きの様に寄せては返し、冷えきった空気が下弦の月を水面に淡く映し出していた。
「……君がサキちゃん? こんばんは」
パイプ椅子に腰を下ろし、ギシギシと軋む椅子の背もたれに寄りかかって足を組む。タバコを咥え、下を向く女の顔を拝む様に見下ろした。
どうやって全て剥がしてやろうかと、渇望していたオモチャが目の前に転がっていて好奇心が頬を緩ませる。
「んーんー」
女は手を伸ばせば届く程の距離に座らされ、両手足は縛られている。すでに恐怖で顔が涙で濡れていた。
「おい。口はがせ」
タカヤが女の口に貼られたガムテープを剥がと、女は悲鳴を上げた。
「うるせえ。黙ってろ。ぶっ殺すぞ」タカヤが女の頬にナイフを突き立てる。
「あれぇ? どっかで見たツラだな」
目をひん剥いて突きつけられたナイフに恐怖で顔を歪める女の顔を見ると、見覚えのある顔に記憶を辿る。
「あ。川崎さんとこの女じゃないっすか? 」
仁が女の顔を見ながら答える。
「川崎んとこの? そうなの? サキちゃん」
恐怖で「ふぅ。ふぅ」と息の上げる女は、寒い時期だと言うのに肌から汗が滲み始めていた。こちらの問いかけに耳を傾ける余裕もなさそうで、体を震わせ泣いている。
「落ち着け。ちゃんと良い子にお喋りしたら痛い目みないから」
過呼吸で息苦しそうな女を落ち着かせる為に、指先を縦に振ってタカヤにナイフを下げさせる。
「……そっ……そうです」
女はナイフが頬から離れると大きく息を飲み込んで、絞り出す様な声で答えた。
「ふうん。ソープで働きながら、クスリの売人してんの? 」
タバコの煙を大きく吸い込んで、そのまま女の顔に吹きかける。俺を見る目が恐怖とは違うものに思えて、違和感を感じた。
「自分の置かれてる立場分かってるかなぁ? 黙秘なんて、警察じゃないんだからないんだよ」
女は何度も瞬きをして、口籠もる様に目をそらす。何も答えない女に苛立ちが増して、女の座るパイプ椅子を蹴りつける。
「喋らないなら喋らせてやろうか。随分、うちのシマで好き放題してくれてるみたいだねぇ。お仕置きが必要だなぁサキちゃん」
「ちっ違います! 」
女は悲鳴のような声を上げて、俺の顔を見る。こういう時に口を割らない理由は2つある。1つは親分や仲間の報復を恐れて言わない事。
「違くないでしょ。サキって女が売人のトップだって聞いてるよー。女の子だから顔じゃなくて、爪からやってあげようかなぁ。ご・う・も・ん」
咥えたタバコを手に取って、女の目にゆっくりと近付ける。下手に動くとバサバサのまつ毛が焼けそうで、女は身動き取れずに黒目だけが見開いていく。
「……めて。やめて……くださ……」
女の顔が恐怖に支配され始めて、俺が頬を緩めると仁が女の手首を掴み、爪と肉の間にナイフを刺した。
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