サキ

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「……あかり? 」 一言だけ言葉を返した。長いこと口にしていない名前。そしてこの先にろくな未来が無い事を俺は感じていた。 「あなたが……千尋さんが……あかりって子を気に入ってるみたいだから……か、川崎さんが少し困らせてやろうって……」 拷問を受けて口を割れない理由は2つある。1つは親分や仲間の報復を恐れて言わない事。 「川崎さん、あなたのこと何かムカついてて……ヤクザだからってデカい顔してるとか……だからあなたの女の……あかりをドラッグ漬けにして……自分の言いなりにさせるとか言ってて……」 「……ふーん。で? 」 拷問を受けて口を割らない理由。もう1つは……目の前にいる相手の怒りを買う理由を隠し持っているから。 「さ、最初はちょっと元気が出るサプリみたいな感じで飲ませてたみたいなの。あ、あたしも飲んでるよって言ったから、安心していたと思う……」 女が下を向いて、足をガタガタと震わせ始めた。俺への恐怖だけではない。女は何かに怯えている。 「で、でもあの子……最近……店に来てないの。寮に居たんだけど、店来てもボケっとして使い物にならない日が続いて……ある日、見るからに目がイッちゃってて、そのまま川崎さんが自分の家に連れて行った……多分だけどクスリが効きすぎて、おかしくなったんだと思う。新種のドラッグだから、副作用とか正直全然分かってないみたいだし……最初はあたしに様子見させてたんだけど川崎さんもさすがにヤバいと思ったのか、あたしまで家に入れさせてくれなくなって……だから今は……どうなっているか……分からない……」 女は顔を下に向けたまま、歯をガチガチとさせ体を動かす事をやめた。食い込んだ縄の跡は黒く染まり始め、生が消え始めた様に思えた。   「……素直な良い子だねぇ」 こんな怒りを……感情を……知っている。もう昔みたいに力の無い自分では無いはずなのに、あの日を越える以上の怒りは体を冷やし、ウジの湧いた腹の中で、俺の身体がウジを食い尽くそうと熱を持ち始めた。 「……ねえ。正直に話したんだから、いいでしょ? お願い。おねがい……ゆるし……」 女の叫び声と鈍い音がコンクリートに囲まれた建物に響き渡った。 自分の足がじんじんと痛みを持っていて、女を蹴り飛ばしていた事に気が付く。 女は縛られたまま、椅子ごと大きく体を弾かれて顔から地面に叩きつけられていた。 「おい! この女、いつもの場所に監禁しておけ。あと、車すぐこっちに回させろ」 倒れ込んだ女をもう1度蹴りつけようと足を振り上げた。女が悲鳴を上げて、体を丸める。胸糞悪くて、椅子を思い切り蹴り飛ばす。 「今すぐ川崎拉致ってこい。そのまま榊さんの廃棄工場に連れていけ。川崎はこの時間なら店だろ。俺が行くまで手を出すなよ。車は今すぐだ。5分以内に車回せないなら、そいつもぶっ殺す」 「はい。わかりました」 「おい女。川崎の家の鍵持ってんだろ? 場所は? 今すぐ口わらねぇと殺す」 女の胸ぐらを掴んで、椅子ごと体を持ち上げる。血に塗れた顔で女が鞄を指差して「バッグのなか」と消え入りそうな声で答えた。 「場所は? 」   「ビビアンからすぐの……マンション。住所は携帯に入ってます」 女をコンクリートに投げつけると鈍い音がして女は「ごめんなさい」と遠い目で何度も呟いた。 何に謝り何に涙を流しているのか、ドラッグでイカれた女に蹴り飛ばす価値はない。
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