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望まない再会
倉庫の外に出て空を見上げると、月が忌々しくこちらを見下ろして、新月に生まれ変わる時を息を潜め待っている様だった。
コンクリートと砂が混じり、靴音が鈍い音を鳴らして、吐く息が暗闇に飲み込まれる。
車に乗り込むとハンドルを持つ手に寒さを感じて、ハンドルに触れる前に指先を振り払う。
「ちっ」
ギアに手を置いてドライブに入れようとするも、思うように力が入らず、苛立つ気持ちを抑えてブレーキを踏みつける。
車の中はラジオが静かに流れていて、昔懐かしい歌が聴こえてくる。いつもは耳を傾けないラジオに神経を研ぎ澄ませ、車の音にかき消される音を1つ1つ掴み取って脳内に焼き付けた。
「ちっ。眩しいな」
対向車線の車のライトが眩しくて、意識を保っていないと吸い込まれていきそうになる。
腹の奥から湧いたウジが身体を侵食し始めて、体の感覚が失われていく。
何度も赤く変わる信号が、処刑台に向かう俺を足止めさせる。息を吸え。息を吐け。と頭の中が騒ぎ立つ。
「……生きているのか? 」
車を走らせながら自問自答する。今すぐ行った所で、最悪な状態ならば手遅れかも知れない。
あの日……あのガキの日以上に最悪な状態の女をこの目で見るのか? 愛しい女の悲惨な姿を見てまた己の無力さに嘆き、また同じ事を繰り返すのか?
静まり返った冷えたコンクリートの上。折られた腕を必死に持ち上げて、額を擦り付けた。
唾を吐かれた事が終わりの合図に思えて、恐怖から解放された。安堵から全身の痛みが鮮明になって、どくどくと沸いた様に体が熱を持ち始める。
腫れて視界が狭くなった目を必死でこじ開けて、亜希を見た。肌がさらけ出され、殴られた顔が腫れている。
遠くを見る目は生きる気力を失っていて、あの日の亜希がいつまでも俺を蔑んでいる。
コンクリートの硬く冷めた感触が、今も指先に残る。
気が付くと信号が赤に変わり、慌ててブレーキを踏んだ。大きく息を吸い込んで気持ちを落ち着かせる為に、胸ポケットのタバコに手を伸ばす。タバコはすり抜ける様に指先から足元へ転がり落ちた。
力任せに拳をハンドルに叩きつける。10分ほど車を走らせた頃には、息が出来なくなるほど体が震えていた。まだ夜明けには遠くて、いくら手を伸ばしても米粒ほどの明かりも見えそうになかった。
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