望まない再会

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川崎のマンションが視界に映ると、ウジが全身を走りまわる様にぞわぞわと熱を冷ます。 車を横付けしてエンジンを切る。ドアを手で押すも、思う様に手に力が入らなくて足で蹴飛ばした。 マンションのエントランスに入り、人気のない冷えた空気に息を飲んでエレベーターに乗り込んだ。焦りを抑えきれず、エレベーターのボタンを何度も殴るように押し込む。 「……早くしろよ」 壁に手をついて、額を押し付けながら8階までゆっくりとカウントを唱えた。 1個ずつ上がっていく数字に身体が不安に襲われて、情けないほど自分の弱った心が矛盾と戦い始める。 「見たい」「見たくない」「会いたい」「会いたくない」単純な言葉だけが脳内で繰り返される。 エレベーターは無感情に俺を8階まで運んで、開かれた扉から足を踏み出す。 どこにでもある様なマンションは、平常心を取り戻させる事もなく足の感覚を失ってしまいそうで、立ち止まり拳で足を殴り付けた。 急いで行かなければならないと思う気持ちから、対面する怖さへと心が移り変わっていた。 部屋を探しながら、このまま迷宮入りしておとぎの国にでも連れ去って貰えないだろうかと考える。 無情にも女から聞いた部屋番号を俺は探し当てて、鍵をポケットから取り出した。静まった夜更けに鍵を差し込む音は、緊張を仰ぐ様に響いてゆっくりとドアノブに手をかける。 一気に重くなる体に息を吹き込んで、扉を開ける。覗き込む様に隙間から中を見て、あかりの姿が見えない事に体の強張りが僅かに緩んだ。ふぅ。と息を吸い込んで一気に扉を開けた。 女物のサンダルらしきものと革靴が数足。覚えのある川崎のバニラの様な趣味の悪い甘い香りが鼻をつく。苛立ちを抑えながら玄関に足を踏み入れて、扉を静かに閉めた。
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