362人が本棚に入れています
本棚に追加
寝室のクローゼットを開けるとワイシャツとスーツが並んでいて、その下に置かれた引き出しを適当に開けていく。
「何もねぇな」
嫌がらせの様に引き出しをひっくり返し、靴で適当に服を広げる。Tシャツに下着姿のあかりに履かせるものが見当たらず、スーツの隣に掛けられたロングコートが目に入る。何種類かのコートの中から、手触りの良さそうなものを選んでベッドに戻る。
「あかり。これ着て。外寒いから」
仰向けになって目を閉じたままのあかりに話しかけるも、視線は合うこともなく、あかりを体ごと支えて起き上がらせた。
「ちょっと手出して」
あかりの腕を持ち上げて、握りしめたままの手をコートの袖に突っ込んでいく。
「やめて! 触らないで! 」
人形の様だったあかりが大きな声を出し、俺の手を払いのける。敵意剥き出しの目を向けて、俺から逃げるように体を丸めた。
「いや! いや! 」
あかりはベッドに顔を埋めて擦り切れてしまいそうな程、顔を何度もこすり付ける。全身で何かから逃れようと、体を震わせて泣き叫ぶ。
「……あかり? あかり。大丈夫……俺は何もしない。何も怖いことなんてしないよ」
薬物の発作だろう。ドラッグの過剰摂取は、人に幻覚を見せる。何が見えているのか分からないが、今のあかりは正常な意志は持っていない。自分だけの暗い世界で、永遠の悪夢を見続ける。理性も何も無い。本来のあかりは闇に消え、本能のまま、人間の姿をした獣が牙を出す。
「あかり。落ち着いて……何もしないから」
俺は両手を挙げてあかりに見せる。あかりは俺を見ることはなく、声が枯れてもまだ泣いていた。
「取らないで……」
「何も取らない。大丈夫だから」
僅かに聞こえた言葉にすぐに答える。意味はどうだっていい。逆上させない為に否定はしない。
様子を伺いながら近寄って、体を丸めたままのあかりの背中に撫でる様に触れる。あかりは涙をそのままに、丸めた体に腕をしまい込んでまた目を閉じた。
「……あかり? 」
何も反応を示さないあかりの寝息に思わず溜息が溢れる。
「はぁ。寝たんかよ」
ベッドに腰を下ろすと、あかりが手に何かを持っている事に気付く。あかりが起きない様に様子を見ながら、指先をあかりの手の中に入れていく。
指先で触れたその物は、確かに俺が知っている物であかりの手の中からネックレスがこぼれ落ちた。
「……え。あ……。ネッ……クレス? 」
あかりは薬物中毒になっていて、俺の事すら分かっていない。薬物中毒の人間は理性が失われ、本来のあかりは闇に消え、悪夢を彷徨い続けているはずだった。
最初のコメントを投稿しよう!