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怒り
見上げても全貌が見えない真っ暗な山々を背に、巨大な倉庫がいくつも並ぶ。一瞥では把握が出来ない程の廃棄工場は闇に紛れる。
世には昼の顔とは違う役割を担う物がある。奥には大きな煙突があって、ここであらゆるゴミが壊され、分解され、溶かされていく。ここには残念ながら生命の神秘は届かない。
エンジンを切ってドアを開ける。外気に触れて、息を吸い込む。車から身を乗り出しながらタバコを手に取ると、デュポンライターの開く音が夜気に響いた。煙を大きく吸い込んで、ドアを閉める。
タバコを咥えたまま両手をグッと上に伸ばし、首を左右に振ると骨がコキコキと音を鳴らす。
この工場は従業員だけで100人以上はいる。昼間は人やトラックが行き来し、音を失うことはない。それが夜になると住宅街でもないこの場所は、隔離された無人の場所に変わる。焼却施設は、夜間も火が燃え続ける為に数人は見張りがいるが……それはどうにでもなる。
ここに入るにはそれ相当の立場の人間とのコネと信頼関係が必要となるが、この広い敷地が無人化され、この世の全ての物を融解させる事ができると知れば、この場所を必要とする人間がヤクザ以外にも居ることだろう。
カツン。カツン。と靴音が闇夜に響いて、いつか見た死刑囚の映画を思い出す。死刑囚は朝、看守の靴音を聞いて、審判の時が来ることを確認する。通常時、見回りの看守の人数は決まっていて、看守の靴音が増えた時、それは刑が執行されるシグナルとなる。
明かりが漏れる場所に近付くと、徐々に砂とコンクリートが入り混じり靴の音を濁していく。
人が1人通れるほどに開かれた倉庫が視界に入り、ゆっくりと足を踏み入れる。目をやった先にはパイプ椅子に縛り付けられた川崎がいた。
川崎はナイフや鉄パイプなどを持ったタカヤ達に囲まれている。
川崎はベストの下に白いワイシャツを着ているが、すでに汗で腕が透けていて俺が近付くと何かに呪われたように顔は青ざめ、今にも泡を吹き出してしまいそうなほど発狂した。
「ち、ぢびろさん……ぢびろさ……ずみばぜ……ちがうんです。ぢがうんでず……」
「うっせえなー。おい! 」
男の命乞いを見ても何も面白くはない。俺が手を向けると仁がナイフと鉄パイプを差し出す。
「とりあえず、これでいいや。てめぇには苦しんで死んでもらわなきゃだからなぁ」
鉄パイプを手に取って、振りかぶって川崎の足を殴りつける。川崎の悲鳴は施設内に響き渡る。
建物に囲まれ無人化された広大な土地は、人1人の悲鳴くらい全てかき消してくれる。
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